この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

使いなれぬスターティングブロックに足を置き、ピストルが鳴る時を待つ。入伝式の3週間前である2025年4月20日に開催された、43期花伝所のガイダンス。開始5分前の点呼に、全員がぴたりとそろった。彼らを所長、花目付、師範たちが笑顔でむかえる。このガイダンスは、単なる説明会ではない。いきなり2名の花伝師範が、式目や演習の深層にある秘伝を講義する。その語りに揺さぶられながら、位置についた入伝生はカマエの体制になっていく。
■走路を見据える:式目を読み解く古谷奈々
花伝所における学びの過程は、Model、Mode、Metric、Making、Managementという5つのフェーズがある。
5Mと称するこの花伝式目について、花伝師範・古谷奈々が深掘りする。
M1は指南と演習リズムというフレームをつかみ、M2は回答からつかんだ見方を動かし、再解釈し、指南の言葉にしていく。M3はたくさんの意味と可能性を感じながら、指南構想を練り、M4では教室さながらの実践をする。M5は指南という方法だけではない、相互編集の場を編集対象ととらえる。
式目は道具である。初めてハサミを使った時、うまく切れなかったように、最初からわかるものではない。何度も持ちかえることで、力加減が分かってくる。フェーズを重ねていくうちに、使いにくさや分かりにくさを感じるかもしれない。そんな時は、止まるのではなく、自らを動かして向かい合ってみる。知らない、分からない、が自分を変容させる契機となるのだ。
■走行方法を変える:フィードバックという編集方法を示す岩野範昭
演習では、フィードバックが重視される。しかし、世の中のフィードバックと、編集学校におけるフィードバックは似て非なるものである。この違いを示すため、花伝師範・岩野範昭は、中村哲氏の活動を持ち出した。
中村氏は、1984年に医師としてパキスタンに赴任し、ハンセン病の治療に携わっていた。2000年にアフガニスタンが大干ばつに襲われると、活動内容を変えた。空腹を満たすため、汚い水を飲み、感染症にかかり死亡する子供。荒れ果てた故郷を捨てなければいけなかった難民。その姿を目にし、井戸を掘った。そして、荒廃した農地をよみがえらせるため、用水路の建設にのりだした。中村氏にあったのは、「アフガン民衆を救う」というターゲットである。彼らが陥っている状況の原因と解決方法を問答した結果が、医師から土地技師へのフォームチェンジだった。
▲中村哲氏は、自身の属性を増やしながらターゲットへ向かう
フィードバックによって、自身の情報を再編集する。そこには、ターゲットを目指す意志と、徹底的に向き合うZESTと、進む過程で内発する問いの存在がある。分からないもの、モヤモヤするものを拒絶するのではない。わたしとまわりのあいだに“縁側”をもうけ、そこに“仮置き”し、いったりきたりしながら進んでいく。
ガイダンス終了後にオープンしたラウンジには、入伝生からの振り返りが次々と届いている。自分の「世界の見方」「世界との関わり方」を転換するキッカケにしたい。自分がどんな方法を使っているのか、皆がどんな方法を使っているのか。もっと深掘りできる。決意表明する者。他者の方法を取り出す者。同志に刺激をうけ、自身の見方を更新する者。言葉が重なっていく。
陸上短距離選手は0.01秒を削りだすために、あらゆる可能性をためす。スタート方法の見返しもその一つだ。足幅、角度、腰の位置。どうスターティングブロックをセットしたらいいか、繰り返しを厭わず、何度でも構え直す。入伝生の振り返りに、「このフィードバックが反省の起点や道しるべとなれば」という言葉が添えられていた。文字のあいだから、入伝生も「師範代になる」ために、花伝師範の言葉を何度も咀嚼する姿がみえた。
文・アイキャッチ 中村裕美(43[花]錬成師範)
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イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。