この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

校長に本を贈る
松岡正剛校長に本を贈ったことがある。言い出したのは当時小学校4年生だった長男である。
学校に行けないためにありあまる時間を、遊ぶこと、中でも植物を育てることと、ゲッチョ先生こと盛口満さんの本を読むことで過ごしていた。
盛口さんの初期の著作『里山の博物誌 ー虫の目、人の目、タヌキの目ー』が、知り合いを通じてたまたま二冊手に入った。
どうしよう? 長男に話すと、校長にプレゼントしたらいいんじゃないかなと言ったので驚いた。
何万冊もの本を読んできた校長に本を贈るという発想はなかった。子どもという存在には、世界観を更新させる力がある。
深い好奇心
長男は小学校1年生だった2014年の初夏、松岡校長と本楼で直に会ったことがあった。
情緒不安定による<母子分離不安>状態だったため、師範代として参加した伝習座に、新幹線で一緒に連れてこざるをえなかったのである。校長にも長男を紹介した。
「そう。どうしてだろうね」
まっすぐな視線に深い好奇心がにじんでいた。長男は伝習座の講義の間、一緒に静かに聞いていた。
そこから数年、迷う日々だったが、「校長にこの本を贈りたい」と思えるところまできているなら、誰がなんと言おうと、もう大丈夫ではないかと強く思った。
ちょうど物語講座の打ち合わせがあった。もう分離不安は治っていたので、私だけ「よし、渡してくるよ」と、東京に向かった。
ドキドキしながら松岡校長に本を差し出すととても喜んでくださった。
帰り際、佐々木千佳局長から「校長からの御礼」とずしりとした手提げ袋を手渡された。
本が三冊入っている。
アリの本には「たくさんの生きものと遊んでください。」
宇宙の本には「この本で宇宙と生命の歴史をベンキョーしてね。」
世界遺産の本には「世界の隅々を見てね。」
と書かれていた。
『アリはなぜ一列に歩くか』山岡亮平/大修館書店
『21世紀こども百科 宇宙館』小学館
『世界遺産の雑学事典』荻野洋一/日本実業出版社
「ありがとう!!」
ふやふや
半年後、またお目にかかる機会があった。
三冊の御礼を伝え、中でもアリの本を一番すぐに読んだこと、近況として千夜千冊エディションの『理科の教室』の帯文を気に入っているという話をした。
ふやふやした生き物がいたら、
ちょっとさわってみる。
あとの人生が変わってくる。
親子で読んで「ふやふやした生き物」ってなんだろうという話になりましたと伝える。
校長は「そう。ふやふやした生き物ね」と繰り返した後、いたずらっ子のような瞳になり「たとえば、女の子とかね」と続けた。
「ふやふや」に女の子も入っていたとは、想像もしてなくてどぎまぎした。
「まあ今は大変かもしれないけど、チビもね、すぐ大きくなるよ」。
広大無辺の知の世界では、大人も子どももいつだってひとりではいられない一個の「編集子」であるということを、松岡校長の言葉と仕草から学んだ。
あれから10年経った今、長男は、共学の通信制高校で青春を謳歌している。
『里山の博物誌』盛口満/木魂社
『千夜千冊エディション 理科の教室』松岡正剛/角川ソフィア文庫
イシス編集学校 子ども支局 松井路代
松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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コメント
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。