この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

それは、シャチホコの解体ショーだった。
4月9日(金)晩、名古屋と京都をつないでエディットツアーが開催された。正式タイトルはこうだ、「京の山鉾はいかにして尾張の鯱鉾になったのかー伝染しの編集ロードー」。ギラギラした鱗をはぎとってひとことで言えば、「シャチホコに学ぶ編集工学」である。
エディットツアーとは、未入門者むけに編集術の基本を体感してもらう体験講座だ。そこでなにゆえ、名古屋在住の小島伸吾(曼名伽組組長)は「シャチホコ」を俎上に乗せたのか。
参加者に事前送付された『知の編集術』冒頭を読めばわかる。
わわわれはつねに情報にとりかこまれて生活をしています。[…]
古代ローマ建築やボッティチェリの絵や宇宙ロケットといったものも情報のカプセルです。また、ベートベンの交響曲、三島由紀夫の小説、ドリームズ・カム・トゥルーの曲も情報です。これらにはすでにいろいろな情報が組み立てられ、仕込まれています。つまり編集されている。だから、これらを見たり聞いたり読んだりするには、その情報を逆にたどって”解凍”することも必要になってきます。
そう、イシスでは、あらゆるものを編集されたものと見るのだ。城の上で何百年も硬直しているようにみえるシャチホコも、編集術で解凍してやれば、美味なる三枚おろしになる。
小島は、閉店後のヴァンキ・コーヒーロースターから、自作フリップを使いながらシャチホコをさばく。
開幕するやいなや、8名の参加者は「シャチホコっぽいものを探せ」との命を受け、慌てて部屋のなかを走りまわった。司会進行は、京都在住の福田容子(46[破]師範)。
制限時間1分のなかで集まったのは、じつに多彩なモノたち。ガラスのハイヒール、消臭力のスプレーボトル、おりんの座布団、バレエのポーズ、黄色い封筒、猫が魚を抱いている絵、ピサの斜塔の模型、トルコのお守り・ナザールボンジュウなどなど。それぞれシャチホコの反り返ったカタチや金ピカの色、あるいは象徴性などに注目した。
「見渡せばみんなシャチホコに見えてきますね」小島は絶好調だ。
ゴージャスなシャチホコツアーにふさわしく、ナビゲーターも豪華だ。小島とともに曼名伽組での信頼の厚い米山拓矢(師範)がエディットツアー初参戦。[離]では右筆、風韻講座では連雀をもつとめた米山が、自身が企画・編集をてがけた『うたかたの国』をひっさげ、日本での「イメージ」の語られ方について惜しみなく解説をおこなった。
おもかげのありかたに思いを馳せた参加者は、それぞれがぼんやりと記憶しているシャチホコを描く。
「シャチホコを見たことない!」と気づく参加者もいたが、よく知らなくてもイメージだけは知っている。これが情報の不思議である。
「歯を描いたらそれっぽいかなと思って」「大きい目が印象的だったので」
らしさは、細部に宿る。自分がどのようにイメージと付き合っているか、仲間の絵と見比べながら実感してゆく。
◆ ◆ ◆
そしていよいよ、小島の本領発揮だ。コピー用紙に筆ペンで描いたというフリップを持ちだし、かねてより研究を進めていた「金鯱学」を披露した。
ここで明らかになったのは、シャチホコの知られざる歴史とそこに潜んだ編集術だった。
はじめて天守閣にシャチホコを掲げたのは、天下人・織田信長。では彼はどうして、シャチホコなる幻獣を都市のシンボルとしたのか。そこには、携帯電話とパソコンをかけあわせてスマートフォンができあがるように、既存のものを掛けあわせて画期的な発明を生み出す「一種合成」という編集術があった。言われてみれば、拍子抜けするほど簡単な方程式だ。
【シャチ + ホコ = シャチホコ】
シャチホコは、京都祇園祭の山鉾と、チベット・インド由来のシャチ(マカラ)という幻獣の結合であるという。信長は、「都人」と「海人」という異なる属性を合わせることによって、「天下人」という新しいモードと立ち上げたのだ。
説得力ある解説に、参加者は目をますます見開く。気をよくした小島はさらに、徳川家康まで連れ出してきた。じつは、信長が掲げたシャチホコはまだ土色だったという。それをいまのような豪華絢爛な金色に光らせたのは、三河出身の徳川家康だった。
そしてそれから400年後。彼の地から世界のメーカーとなったトヨタが新ブランドを発表。その名はレクサス。そのロゴには、L字に反りかえる鯱鉾のおもかげをうつしているというのだ。「山車に端を発する鯱鉾は、原点回帰して自動車になった!」というアクロバティックな仮説である。
参加者はのけぞって笑う。
「こんなこと知らなかったです!」との感嘆の声があがる。
小島は念押しする。「ぼくなりの仮説ですから、正しいかどうかはわかりませんよ」
司会の福田も助太刀をする。「正しいかどうかは問題じゃないんですよね。こうやって既存の情報を自由な角度で見られるようになるのが編集稽古です」
『知の編集術』の冒頭は、こう締めくくられる。
あれこれの情報が、「われわれにとって必要な情報」になることを、ふつうは「知」といいます。情報をそのような「知」にしていくことが編集なのです。
シャチホコさえも、編集的に見るとこれほどまでに知を引き出せる。フェチを貫けば、編集を語れる。幻獣を手なづけた小島は、編集語りの天下人となった。
◆番外編
このエディットツアーの仕掛け人は4名。洒落っ気たっぷりに金鯱学を開陳し参加者を魅了した小島と、圧倒的重厚なコンパイルをおっとりとした口ぶりで伝えた米山、またそれを逐一チャットで要約編集する梅澤。そして、毛色の異なる3名に的確なパスを渡しながら、語らせたら止まらない小島を目で制し、1分たりとて延長させない鬼の辣腕進行をみせた福田。
ここでは、90分のツアーでは紹介しきれなかった小島力作の「全ユーラシア シャチ・ロード」マップをご紹介しよう。イメージの感染が体感でき、幻獣とは一種合成の産物だったことがよくわかる資料だ。
また、小島は福田にそそのかされて3Dシャチホコも制作していた。しかしお披露目時間は60秒。そのあいだ、参加者は自分のお絵かきに夢中で、ほとんど顧みられなかった。
総高257ミリ、横幅192ミリ、胴回り208ミリ。スチレンボード・厚紙製のシャチホコは、実物1/10サイズ。モデルは、名古屋城天守閣から16年ぶりに地上に降臨し、NHKニュースにも取りあげられた由緒正しい鯱鉾。寸法は、『よみがえる金鯱伝説』(新世紀・名古屋城博開催委員会)を参考に制作された。現在は、小島の営むヴァンキ・コーヒーロースター(名古屋市天白区)に鎮座する。
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。