この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

<多読ジム>Season09・冬の三冊筋のテーマは「青の三冊」。今季のCASTは小倉加奈子、中原洋子、佐藤裕子、高宮光江、大沼友紀、小路千広、猪貝克浩、若林信克、米川青馬、山口イズミ、松井路代。冊匠・大音美弥子と代将・金宗代の原稿が間に合えば、過去最高の13本のエッセイが連載される。ウクライナ、青鞜、村上春樹、ブレイディみかこ、ミッドナイト・ブルー、電波天文学、宮沢賢治、ヨットロック、ロラン・バルト、青水沫(あおみなわ)。青は物質と光の秘密、地球の運命、そして人間の心の奥底にまで沁みわたり、広がっていく。
1.あおい時の目覚め
小さなかけらが、時間の一瞬一瞬が、透明な糸で繋がって煌めき、露を結びながら延び、絡みあい、縺れ、結び、また解かれ、広がる。そして、巨きな繭になった。真っ暗な宇宙に浮かぶ青い繭。少年は、宇宙で過ごしたひと晩を振り返り、今を呼吸している地球を想う。
2.空の高みを見上げて
「泣きたいくらい苦しいのに、それでもまたこの空間に身を置きたいと思ってしまう自分がそこにいた」動くために食べ眠る。石川にとって毎年のヒマラヤ遠征は身体の中から生まれ直す感覚だ。極限状態の感情さえ客観的に描写する。
二十歳の石川直樹は、そびえたつデナリへ挑戦し東西南北だけでなく垂直方向にも知の世界が広がっていることを知った。旅することと写真を撮ることは、常に結びついている。写真を見返していると、その記憶がまた別の旅に繋がり『地上に星座をつくる』感覚になる。どんなに想像を超えた景色も、自分が立つ土地と繋がっている。それこそが旅の喜びで、無数の人が過去に存在し、今も生まれ続ける地上で、生きる喜びでもある。時間を経て再び訪れた旅から、また新しい星座が生まれてくる。
3.生き方をデザインする
翼を持て。自分で考えよ。その翼があれば遠くへ行ける。そして誰も踏み入れていない未知の土地を見つけることが出来るかもしれない。
建築家内藤廣は決断した。何気ない一言が若者の人生を変えるかもしれない、彼らに何かしら伝えたい。内藤自身が恩師吉阪隆正から「迷ったときには良心に従え」という一言によって人生が変わったからだ。こうして東京大学土木学科での講義『構造デザイン』が始まった。
現代建築では綺麗なデザインが可能になった反面、構造への創造力が欠落し、偽装事件や建造物の倒壊が起きるようになった。デザイン偏重に痛烈な批判もしつつ、失敗事例も含め、異種類で多矛盾した関係を繋ぎわ合わせる構造の意義について語る。
母性の包容力を感じる時を刻むコンクリート材。複雑と曖昧を受け入れる冗長性や多矛盾系構造を持つ木材。「内藤廣は素形と時間の建築家であろう。空間ではなくて、時間をたいせつにする。きっと小さなときから、生と死が発する余地と余程をすばやく見取る方法を思わず知らず身につけてきたのではないだろうか。そんな気がするのだ」松岡正剛は千夜千冊で語る。
4.電波天文台
空に向かって咲く蓮花、天の雫を受けるシャンパングラス。十億光年からやって来た電波はここで旅を終える。
少年ユーリは星祭りの夜、町の掟を破り、電波天文台のあるギガント山へ向かった。すると突然目の前に隕石が落下する。絶滅したはずの牙虎が現れた。誘う先は謎の宇宙レストラン。迎えてくれたロボット、ラグとの交流を通じて、ある星と地球との重大な約束、そしてモリモ博士のヒミツを知る。
『ラジオスターレストラン』では、電波天文学が解明した宇宙の物質循環がレストランのメニューに登場する。口にした途端、あの記憶が沸き上がった。
5.あおい記憶を想う
人間はふと太古の記憶を思い出す。
暗闇を流れる溶けた鉄は、不思議な光と強烈な熱を発している。内藤は自分の中に眠っている訳の分からない、原始の記憶に触れる気がした。
まだ宇宙を漂う塵だった頃、真っ暗だった空間が、青く輝いているのを見て、驚いて声もあげられなかった。少年ユーリは感じた。
エメラルドグリーンの滝壺、地球の底に向かって潜る。アボリジニの壁画を地図にして、時間という淵を旅することができないか。オーストラリアで石川は考える。
6.あわいの時を見出す
目覚めると、草むらに転がっていた。どこまでも深い群青の大気の底。空に星が消えていく。光がゆっくり満ちてくる。もう夜ではなく、まだ朝ではない空の色。天青色の結晶の青。
出会いなど瞬きほどの擦過にすぎないのかもしれない。だけど、それぞれの断章は星として瞬きながら、また別の星と接続して無限の星座を形づくる。思いがけない出会いを繰り返しながら、留まることなく宇宙の片隅で変化し続ける。やがて地上と彼方と星座を描くように。
Info
⊕アイキャッチ画像⊕
『地上に星座をつくる』石川直樹/新潮社
『構造デザイン講義』内藤廣/王国社
『ラジオスターレストラン 千億の星の物語』寮美千子/長崎出版
⊕多読ジム Season09・冬⊕
∈選本テーマ:青の三冊
∈スタジオこんれん(増岡あさこ冊師)
∈3冊の関係性(編集思考素):一種合成型
『地上に星座をつくる』┐
├『ラジオスターレストラン 千億の星の物語』
『構造デザイン講義』┘
⊕千夜千冊⊕
∈1769夜『洞窟のなかの心』 デヴィッド・ルイス=ウィリアムズ
∈1733夜 宇宙137億年の歴史』 佐藤勝彦
⊕著者プロフィール⊕
∈石川直樹
1977年東京都渋谷区に生まれる。祖父は作家石川淳。家の本棚に児童文学全集があり、本を読むのが小さい頃から好きだった。学校へ通う30分本を読んで冒険することは初めて体験する。旅すること写真を撮ることは結びつく。14歳坂本龍馬の本を読んで初めて一人電車に乗り高知へ旅した。17歳でインドネパールへ初の海外独り旅は10m歩くたびに驚いた。植村直己「青春を山にかけて」を読み世界の旅に憧れる。旅を続けるために写真家を志す。中型カメラ「プラウベルマキナ67」は4台持っていて、直しながら使っている。フィルムは10枚撮のコダックのポートラ。アラスカにそびえたつデナリは日本山岳会の遠征で登った初挑戦の20歳、単独登頂に挑んだ38歳。8000m級のヒラヤマへ登頂を挑み七大陸の高峰に挑戦し続けている。人類学、民俗学などに関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅している。
∈内藤廣
1950年横浜に生まれる。大事業家だった祖父の死後、生活が一変する「環境を失う」体験をした。進路に悩む中、母より隣のおじさん山口文象を紹介される。建築家でもある山口に導かれ進路を選ぶ。早稲田大学で生涯の恩師吉阪隆正と出会い、人の生死や長い時間軸を意識した。自らを極限まで追い込む姿勢と、リスクを伴っても常に新しいことに挑むスピリット、それは吉阪から受け継いだ。1981年内藤廣建築設計事務所を設立する。「海の博物館」をはじめ「安曇野ちひろ美術館」「牧野富太郎記念館」など公共建築を手掛ける。周辺環境やまちの将来像を見据え流行を追わず時間に耐える建築をつくる。2001年篠崎教授に請われて東京大学工学部土木工学科で講義を受け持つ。2010年 東京大学副学長となり2011年まで務めた。松岡正剛と「ギャラリー册」や「二期倶楽部七石舞台」を手掛けた。
∈寮美千子
1955年千葉県生まれる。祖父は科学ライター寮佐吉で「通俗第四次元講話」を訳した。この本は宮澤賢治の本棚にもあった。書くことが好きで1986年毎日童話新人賞を受賞し作家デビュー。宮澤賢治や国立天文台野辺山電波観測所長森本雅樹博士から影響を受け天文学に魅了された。宇宙に小惑星8304「Ryomichico」が瞬く。この小惑星は1995年に発見され、西はりま天文台の推薦により2003年国際天文学連合に命名登録された。『ラジオスターレストラン』はラジオドラマ、プラネタリウム番組、さらに金沢芸術創造財団ジュニアオペラのための原作となる。1991年パロル舎、2012年長崎出版から出す。2005年泉鏡花賞受賞をきっかけに2006年から奈良へ移住する。『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』は、受刑者たちと絵本と詩の教室で引き出した言葉だ。手料理を白と青の染付の大皿に盛りもてなす料理上手でもある。「れんぞ」を運営し「みんなの田舎・みなわ」を作る最中だ。
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:宮崎滔天
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。