43[破]AT物語・アリストテレス大賞受賞、北村彰規さんインタビュー: 寅さん、忍びになる

2020/02/20(木)16:19
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世界の映画界で最も注目を集めるアカデミー賞に事件が起きた。2月9日、ハリウッドで開催された授賞式で、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)が作品賞に選ばれたのだ。外国語(非英語)の映画が作品賞をとるのはアカデミー賞初の快挙である。

 

イシスでは1月31日、43[破]のアリスとテレス賞「物語編集術」(AT物語賞)が発表された。AT物語賞は原作となる映画を翻案してつくる新作の物語を対象としたアワードで、アリストテレス賞、アリス賞、テレス賞の3部門がある。エントリー46作品の中からホーム・ミーム教室・北村彰規さんの『堅物、忍ぶ』が栄えあるアリストテレス大賞に選ばれた。

 

『堅物、忍ぶ』は映画『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』を換骨奪胎したアクション時代劇。戦国の忍びの世界を舞台に、上杉家に仕える主人公が敵方である武田家の女忍者と出会い、互いに魅かれながらも敵同士として戦う快作である。北村さんが物語に込めた思いを語った。

 

 

―――アリストテレス大賞受賞を知ったときの気持ちは?

 

あらー、選ばれてしもた。自分のでよかったんやろか……という感じで信じられませんでした。というのも、稽古の途中段階で原作映画の読み取りや物語のキャラクター設定に行きづまり、思うように稽古が進められなくて、こりゃあかんと。ようやく目途が立って書いていたら、途中で1万字近くになっていることに気づいたんです。それがエントリー締切の4時間前。そこから必死に削って3000字に収め、ほとんど初稿状態で提出しましたから。

 

―――それでも受賞できたのは驚きです。何が要因だと思いますか?

 

書く前の段階のお題で小林奈緒師範代と問感応答返を繰り返し、ポイントを押さえることができたからだと思います。奈緒師範代は僕が躓いていた登場人物の役割や関係線の読み取りについて、略図的原型や事例を示しながら手を変え品を変え言葉を変えて何度も指南してくれました。そうしたやりとりのなかで、翻案の方針とキャラクターが定まらないと書けないと思い、エントリーが迫っていたけれどやり直したんです。師範代に感謝です。

 

―――行きづまりを克服するために北村さんご自身で工夫したことは?

 

主人公と脇役の関係線をあぶり出すために、人物相関図をいくつも描きました。線の引き方や関係を変えたものが6種類ぐらいノートに残っています。そうやって図式化することで、いろいろな関係線が引けることがわかり、原作の関係線を残しながら新しい物語の人物相関図に置き換えることができたのではないかと思います。人間関係をそんなふうにとらえたことがなかったので、自分にとっても発見でした。

 

―――ワールドモデルを「忍び」の世界に設定した決め手は?

 

そもそもワールドモデルが理解できず、気持ちは焦るばかり。「もやもや回答」と称して余白だらけの回答を送ったところ、奈緒師範代から「映画の原郷と彼方を概念的にとらえて具体的に落としこんでみては」という指南をもらい、はっとしました。それからですね、腰を据えて考えるようになったのは。

 

和田竜の作品が好きで『忍びの国』(新潮文庫)に描かれている「忍び」の生き方が寅さんの「あぶく」の暮らしと重なると思い、忍者の話にしようと決めました。ただ忍びの世界だけでは、原郷や彼方まで設定しきれません。そこで、ワールドモデルを具体化するために戦国時代に実在した「軒猿」という忍者集団を持ち込むことにしました。

 

―――史実に基づく情報を採り入れると物語にリアリティが出ますよね。ところで、植田フサ子評匠の講評を読んでどう思いましたか?

 

主人公が「与える者としての役割をまっとうした」と読み取ってくださったことに驚きました。僕が伝えたかった、たったひと言で人は変わるということを感じとってもらえたのがうれしかったです。自分の中に寅さんのような「触媒」になりたいという気持ちがあり、主人公に重ねていたのかもしれません。ご指摘いただいた「説明的な表現の多さや展開の必然性の物足りなさ」は伸びしろととらえています。

 

―――今後、物語編集術をどのように生かしていきたいですか?

 

直近ではイベントのゲストとして自分の人生を物語るロールがあり、物語の型を使って話を構成してみようと考えています。また、仕事でキャリアカウンセリングをすることがあり、いままで以上に人物の関係性や与える影響について理解できるように活用していきたいと思います。

  • 小路千広

    編集的先達:柿本人麻呂。自らを「言葉の脚を綺麗にみせるパンスト」だと語るプロのライター&エディター。切れ味の鋭い指南で、文章の論理破綻を見抜く。1日6000歩のウォーキングでの情報ハンティングが趣味。

コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。