この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

戦国時代1563年にキリスト教布教のため、ポルトガルからインドを経由し長崎にやってきた宣教師ルイス・フロイス。フロイスは日本での布教史を『日本史』として克明に記録し、井上ひさしはフロイスを『わが友フロイス』と題して1983年に評伝小説としました。そして2025年、井上ひさしの最後の個人研修生である劇作家長田育恵が『わが友フロイス』を題材にして、こまつ座完全新作「フロイス -その死、書き残さず-」を書き、井上麻矢(こまつ座代表、ISIS co-mission)が世に送り出す。2025年3月8日から東京公演が開幕し、舞台「フロイス」を観劇したイシス編集学校の師範・師範代による創文をお届けします。
イエズス会の中学・高校で学んだ。教師の半分は外国人であった。イエズス会の神父である。イエズス会の戦士たちは、異郷の地・日本にて、今日も中高生を相手に過ごしている。
こまつ座ゲネプロ。舞台には縦の強い白光が照射され、ルイス・フロイスの憧れと活動と苦悩が映し出されていった。舞台を注視する私の脳裏には、中学高校で教わった教師一人ひとりの顔が浮かんでは消えていた。
異国の地では、伝え導いたとしても分かり合える迄には大きな試練が横たわる。故郷から遠く離れ、志を共にする仲間は少なく、顔つきも違い、言葉も通じない。日本人にキリスト教の考えを受け止める素地ができるまでが長い道のりであったことだろう。ザビエルの布教を受け継いだフロイスも舞台上で苦悩していた。私が共に過ごした神父たちは、中高生に授業を行うため、日本語を覚えるだけでなく、学制や習慣に馴染むことを強いられたはずだ。教員免許も日本語で取得したのではないか。あの授業の日々の裏にそのような努力があること、当時は思ったこともなかった。彼らはなぜそこまで努力を重ねることができたのだろうか。
1500年代、日本にも信者が生まれ、語りあう相手ができたフロイスだが、次なる試練は日本ならではの考え方。日本人として慣れ親しみ心身の髄にまで染み込んだ思考体系だ。キリストの教えが染み込んでいかない。日本的に解釈されていく。私自身、当時はキリスト教に傾倒したり距離をとったりを繰り返した。入信には至らなかった。時に魅惑的に映るキリストの教えではあったが、既に日本の考え方が染みついた私にとって、キリスト教に身を浸しきれなかったということか。その追憶が舞台上で演じられていた。
観察者と布教者というデュアルなレンズを持ちつつ、イエズス会に書簡を送り続けたフロイス。神の与えたもう試練と苦しみもがく民衆の挟間で自身の信仰心すら揺さぶられる。憧れのザビエル立案の布教戦略も軋む。異郷にて中高生と向き合う日々。布教めいたことも感じなかった。彼らにとって、布教完遂とは何だったのか。思いを馳せたことがなかった。そう気づいたとき、舞台は幕をおろした。
帰り道、朧な半月を見上げながら思っていた。中高6年間を共にしたイエズス会戦士、彼らはボクたちに何を思い何を伝えようとしていたのか。そして辺境や異国や未開の感覚が薄れていく現代、戦士たちは何を戦っているのだろうか。聖イグナチオ教会で見送った恩師の顔が、ルイス・フロイスと重なっていった。
こまつ座 第153回公演『フロイス-その死、書き残さず-』
【作】長田育恵
【演出】栗山民也
【出演】風間俊介 川床明日香 釆澤靖起 久保酎吉 増子倭文江 戸次重幸
【東京公演】3月8日(土)〜30日(日)紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
【全国公演】
■兵庫公演:4月5日(土)兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール
■岩手公演:4月12日(土)奥州市文化会館(Zホール)大ホール
■群馬公演:4月16日(水)高崎芸術劇場 スタジオシアター
■宮城公演:4月18日(金)仙台銀行ホール イズミティ21 大ホール
■大阪公演:4月25日(金)26日(土)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
【詳細】https://www.komatsuza.co.jp/program/index.html#505
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。