この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

イシス編集学校の「世界をまるごと探究する方法」を子どもたちに手渡す。
子どもも大人もお題で遊ぶ。
イドバタイムズは「子ども編集学校」を実践する子どもフィールドからイシスの方法を発信するメディアです。
1月16日、東京コミュニティスクール(TCS)において、イシス編集学校子ども支局が出張授業を行った。
東京コミュニティスクールは、東京都中野区にある3歳から12歳までの子どもたちが通う、全日制のマイクロスクールだ。小学生を対象にした初等部では毎週、好きな物語を書く時間がもうけられている。
Dear Editorというテーマ学習では、小学校5年生7名が編集者となり、全校児童の作品から「これぞ」というものを選んで、書き手の「作家」の子と二人三脚で磨きあげ、綴り合わせて文集に仕上げていく。子ども支局による出張授業は3年めになる。
昨年に続き、プレーリヤカーを引く理学療法士であり、53破師範を務めている支局メンバー・得原藍が物語の磨き方を直伝した。
いくつもの小さなワークを組み合わせた五感を使った授業に、発言と笑いがたえない90分となった。
◎最初に「ふたり物語」
最初に、二者の間で何が起こるのかを想像する「ふたり物語」というワークを遊ぶ。この日のお題は「りんご」と「あなた」だ。
「あとから磨くから、今はいまいちでも大丈夫だよ」と得原が声をかける。
5分あまりで、7つの物語が生まれる。
書いている途中から、笑い声や、「めっちゃしょうもない! しょうもなさすぎておもしろい」といった声が聞こえてくる。物語を書きながら、同時に、自らが読み手になり、「おもしろ度」をはかるメトリックが発動している。
4コマのフォーマットを使って小さな物語を作る
◎本を観察
次は、本を実際に手にとって、本に何があるのかを取り出す時間だ。
得原師範は、絵本、新書、単行本、雑誌など、七冊の異なるタイプの本を用意していた。
「ヤバ!」
「貸して!」
特に人気だったのが、黒い表紙で、真ん中に穴が開いている稲垣足穂著・松岡正剛編集の『人間人形時代』だった。読む前から、”なぜ”をくすぐられる。
「何を見つけた?」という問いかけに、本文(物語)、表紙、写真、タイトル、著者、値段、しおり、出版社、何刷目、要約、穴…と、どんどん答えが集まる。穴は、広く言えば本のデザインである。
全部、これから編集者として関わっていく部分だ。
穴をのぞきこみたくなる『人間人形時代』
絵本に引き込まれる
◎編集者の仕事
本のさまざまな要素は組み合わさって、一つの世界を形作る。
一冊の本は一つずつ世界を持っているということを感じた後は、次の段階として、自分が選んだ物語の「好きなところ」「読後感」「もう一歩、良くするには」を言葉にしていく。
編集者は、いわばその作品の一番最初の読み手だ。最も重要な仕事は、好きになった作品のいいところを見出して、作者と二人三脚で推敲し、さらに引き上げることだ。
分析的に読むだけでなく、その物語の「らしさ」を掴むことがその物語を磨いていくプロセスの第一歩になる。
イシス編集学校の破コース師範代の指南に重なる。
◎突然、りんご
ここで得原師範はカバンから布に包まれている何かを取り出した。
布を開くと出てきたのは、赤いりんごだった。
「なんで?」
包んでいた布で磨くとりんごはピカピカになった。みんなの目が釘付けになる。
ピカピカのりんご
切れ味のいいナイフで切り始める。
「嫌いじゃなければどうぞ」
一口大になったりんごが紙皿に載せられるやいなや、何本も手が伸びきてりんごが消えた。
シャクシャクという音とりんごの香りが部屋いっぱいに広がる。
「おいしい! けど、なんでりんご食べてるんだろう?」という声が聞こえてくる。センスを学ぶためかな?と勘をはたらかせている子もいる。
あちこちから伸びる手
◎種明かし
まだ食べている子どもたちもいる中、スライドに5つのアイコンが現れる。
りんごは、 イシス編集学校の破の創文術で学ぶ「5つのカメラ」を伝えるためだった。
5つとは、足、目、心の3つの感覚フィルターと、鳥の目、虫の目の2つの視点である。
この「5つのカメラ」で、授業の冒頭で書いた「ふたり物語」をブラッシュアップしてみようと、レクチャーからいきなりお題に切り替わった。
例えば、単に「りんご」と書いていたところを、目のカメラで「真っ赤なりんご」にしてみよう。転ぶシーンに、心のカメラで「すごく痛い」と、気持ちを加えてみてもいい。
みんな再び椅子に座って、手を動かし始める。
手書きで書き込みながら5つのカメラをレクチャー
◎物語の5つの構成要素
磨いたポイントを発表しあった後、レクチャーはいよいよ大詰めを迎える。映し出されたのはまたしても5つのアイコンだ。
それぞれ、物語の5つの構成要素である世界(ワールドモデル)、キャラクター、シーン、ストーリー、ナレーターを示している。
「この街が出てくるところが好きと言ってくれたけど、例えば、100年前の話なのか、街全体を巻き込んでいくのか、わかるように書くともっと伝わりやすくなったりするよ」。
得原師範は、子どもたち自身が語った「自分が選んだ物語の好きなところ」と関連させながら、説明していく。
物語の5大構成要素(赤字のメモは記者による)
◎作家とチームに
5つのカメラと物語の5 要素という方法を、「作家」と共有し、一緒に物語を磨いていってくださいというエールのあと、子どもたちから質問を受け付け、授業はおしまいとなった。
スライドの最後は、千夜千冊1716夜「名編集者パーキンズ」をひいた”作家と「チーム」を作る”だった。
詳しい説明はできなかったけれども、名編集者のたたずまいがちらりと見えたことで、迷った時に光になるのではないかと思う。
◎りんごの理由
子どもたちが次の活動のために部屋から出て行ってから、一緒に参加してくださっていた担当のTCSスタッフ・稲葉祐一朗さんから「なぜりんごだったのですか」と質問をいただいた。
りんごは何より、身近な食べ物で、白雪姫やアップル・コンピュータなど関連するイメージが広い。ただ言葉で教えられるだけだと子どもたちの記憶には残らない。だから、できるだけ五感に残るように工夫していると得原が伝える。
これから、りんごに齧り付いた瞬間、この授業で交わしたことがパッとよみがえればという企みなのだった。
部屋の壁には出張授業の前に、稲葉さんと子どもたちが「情報とは?」「編集とは?」を、めぐって交わしあったことを書いた模造紙が貼られていた。下地が耕されていたからこそ、言葉が行き交うコンヴィヴィアルな時間となった。
情報について語り、編集を遊ぶことを、特別なことではなく、日常にしていきたいと特に子ども支局は願っている。Dear Editorというプログラムは、編集稽古をどうアップデートしていけばよいのか、イシス編集学校にとっても、とてつもなく大きなヒントになる取り組みだと感じた一日だった。
実はりんごは、中野駅近くの果物屋さんで購入していた
アイキャッチ画像:東京コミュニティスクール・稲葉祐一朗さん(左)
イシス編集学校・得原藍
文・写真:松井路代
編集協力:東京コミュニティスクール
info.
◆子ども編集学校プロジェクトサイト
https://es.isis.ne.jp/news/project/2757
◆子ども支局のワークショップや出張授業に興味がある方は、kodomo@eel.co.jp までお問い合わせください。
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東京コミュニティスクールエントランスにて。得原藍(左)、松井路代
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藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。