【イシス祭レポ@大阪】ツッコミ実践WS〜もし、目の前の人が突然のけぞったら〜

2020/08/11(火)19:28
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オンラインセミナー真っ最中、ナビゲーターが突然消えた。
つぎの瞬間、女は床の間でヨガポーズを決めていた。
編集はそこから動き出す。

 

編集学校のオープンキャンパスとして、誰もが編集稽古を体験できるエディットツアー。2020年夏は、全国22ヶ所で開催されている。

オンライン化されても、各会場からは土地々々の匂いがむわりと立ちのぼる。

 

 

▼大阪話術「ツッコミ」に迫る

7月28日、地方開催の露払いを買ってでた大阪会場にもそれは満ちていた。大阪の県民性、それは過剰なサービス精神である。

 

大阪といえば、笑いやろ! 
ナビゲーターの山根尚子(45[守]師範)は、暗黙の期待を全身で引き受け、漲る笑顔でレクチャーを始めた。テーマは「ツッコミ」である。

 

◎ツッコミ

漫才などでボケに対して指摘や合いの手を挟むこと。または、その役割の人、その行為の内容。笑いどころが何処であるか明確にしつつ話を進行する役割を持つ。(実用日本語表現辞典)

 

 

 

山根が教科書に持ち込んだのは、フットボールアワー後藤輝基のツッコミ集。山根は、後藤が「見立てツッコミの名人」であると語る。

 

うろたえている人に対しての「目泳いでるどころじゃないですよ、遠泳ですよ」は、慣用句のパロディア。乙女な相方・岩尾への「心の三つ編みだしてきよるんですよ」は、女性らしさのメタファー化。

山根は芸人の編集力に本気で感心しながら、「ツッコミは見立てだ」と大阪の話術を解説する。

 

 

▼私のカラダがお題です

その直後のことだった。
「いまから私がボケます。ツッコんでください」と言い残し、山根は画面から消えた。ゆっくりカメラがスライドすると、山根は床の間を背に片足で立っていた。すっと両手を天へ伸ばし、遠くを見つめる。

 

その絵面に、3名の子どもを含む8名の参加者は思わずツッコむ。


「掛け軸か!」

「よう揺れる風鈴やなあ」

「飛行機にみえる」
「あ、スペースシャトルや」

「山根は月まで行ったのであった……」

 

ツッコミが新たなツッコミを呼び、一座の勢いは大気圏を突き抜けた。

 

 

▼過剰さの秘密は「OSAKAN一種合成」

このコテコテのノリ。まさにこれが大阪特有の方法なのであった。
お好み焼きにごはんを添え、神輿を船に乗せ、ヒョウ柄にヒョウ柄を重ねる大阪人。同じジャンルのものを組み合わせ、胸焼けするほどの過剰さを生み出す編集様式を、山根は「OSAKAN一種合成」と名付け、この日はじめて発表した。アメリカンでもメキシカンでもなく、オーサカン。

山根は、筋肉がぷるぷるになるまで身体を張って、大阪国独自の編集術を証明してみせたのであった。

 

 

今後も、名古屋、横浜、京都、福島、大分…と全国各地でオンライン・エディットツアーは開催される。旅行以上にディープな学びの90分。千円札1枚握りしめ、お好きな土地にワープせよ。

▽詳細はこちらから https://es.isis.ne.jp/media/festa

 

 

あなたなら、何とツッコむ?

 

 

 

▼後日談
「このまえ気づいてんけど」と、大阪・天満出身の福田容子(師範)は切り出した。
「お好み焼きって、ほぼキャベツやん? てことは、お好み焼きってサラダやん? お好み焼き定食ってサラダ定食ちゃうか」
根底を揺るがすツッコミ。OSAKAN一種合成の研究はまだまだ続く。

  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。