この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

審査員の票は割れた。最後に司会の中村まさとし評匠の一票が投じられる。第4回P1グランプリは、特Bダッシュ教室の「ひきだすヒキダシ研究所」が制した。僅差の辛勝であった。
「うーん、新しい引き出しってどんなだろう?」
Zoomの画面越しに小椋師範代、市村学衆、森下学衆が考え込む。感門之盟プレゼンまで二週間足らずのある日、チーム作戦会議でのことだ。これまで引き出しの起源を訪ね、引き出しをモーラし、引き出しのシソーラスを広げてきた。引き出しがどれほど人間の生活に文化に、そしてあらゆる創造的活動に影響を及ぼしてきたのか。引き出しは、近世以降その誕生とともに、人間の認知の枠組みを作ってきたのではないか。この仮説に辿りついたところだった。
ミュージアムにはインがあってアウトがある。ミュージアムを出た時、何かが変わる体験を興したい。それが目指すハイパーミュージアムだ。引き出しの本来を識り未来を描くには、誰も未だ見たことのない、新たな引き出しの提案が必要だ。作戦会議の場は煮詰まっていた。
三者三様に引き出しに「ないもの」、やわらかいダイアモンドならぬ「やわらかい引き出し」に思いを巡らしていたその時、市村の脳裏に唐突にイメージが現れた。市村は美大の出身。これまでもデザインやイラストを手掛けてきた。ふわふわと朧げに消えていきそうなアタマの中のイメージを、紙の上に仮留めするかのように、素早くペンを走らせる。そしてZoom画面に描いたばかりのスケッチを掲げた。
思わず皆が身を乗り出す。
そこには、誰も見たことのない奇妙な形の引き出しがあった。これこそ求めていた新しいヒキダシ降臨の瞬間だった。
40を超えるネーミング案を吟味し、「しげるん。」と名付ける。草木が生い茂るように増殖する、生命感溢れるヒキダシのイメージだ。
しげるん。は、引き出しを囲う外枠を持たない。引き出しを自在に重ねながら創ってゆく。もはや枠に閉じ込められた引き出しではない。部分が全体を凌駕するのだ。
しげるん。を創ることで、枠に閉じ込められ、既存の分類に慣れてしまった「引き出し人間」から脱却を図るというメッセージがミュージアムに宿った。
しげるん。のイメージにあわせ、市村はミュージアムの外観スケッチも描く。プレゼンでの役どころは、ミュージアムのアートディレクター。イメージをヴィジュアルで示した市村にふさわしいロールだった。
特Bダッシュ教室のプレゼン開始を告げる小椋の声が本楼に響く。市村は少し緊張した面持ちで、本棚劇場に上がった。
三週間に及ぶリアルプランニング稽古はこうして幕を閉じた。松岡校長のハイパーにはまだまだ及ばないが、しげるん。を導き出したプロセスは何物にも代えがたい稽古体験である。
市村は、しげるん。降臨の瞬間を思い出しながら言う。「私はブレイクスルーきたっ!とチームの誰もが感じたあの感覚を信じます」。市村にとってP1への道は「超現実でありパラレルワールドに入り込んだかのような」三週間だったのだろう。本棚劇場でプレゼンテーションする自分は、今まで見たことのない「別様のわたし」だった。そして濃密な相互編集を重ねたP1グランプリは、破の稽古を締めくくるにふさわしい超越体験だったと総括した。
(敬称略)
戸田由香
編集的先達:バルザック。ビジネス編集ワークからイシスに入門するも、物語講座ではSMを題材に描き、官能派で自称・ヘンタイストの本領を発揮。中学時はバンカラに憧れ、下駄で通学したという精神のアンドロギュノス。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。