この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

53[守]で新しく師範に加わった山崎智章は、伝習座名物・師範による「用法語り」の進行を担った。進行役だからこそ見えて来た「3」の神秘とは――。山崎師範が[守]伝習座をレポートします。
日本三景、三大都市圏、御三家に造化三神。日本人が大好きな数「3」は、世界でも特別だ。
全世界ネット配信もはじまった中国の作家、劉慈欣による長編SF小説『三体』のモチーフは、古典的物理学の難問「三体問題」。三体問題はかつてオイラー、ラグランジェといった著名な数学者・科学者の挑戦を退け、いまでは解析的には厳密に解けない問題であることが分かっている。(※特殊な状況の解はあるが)
扱う対象が2つから3つにふえただけで、物理・数学でも解けない難問になるからか、世の中には分かりやすい2択が増えすぎている。そもそも世の中簡単に割り切れるシンプルな問題や、その正解などないというのに。
編集学校[守]の38の稽古で送られる「お題」にも、唯一の正解はない。また、38の稽古を4つに纏めた「用法」も、その解釈は一意に定まるものではない。
2024年4月6日(土)に開催された53[守]の伝習座では、石黒好美、北條玲子の2人の師範から、用法1「わける/あつめる」、用法2「つなぐ/かさねる」がそれぞれの切り口で語られた。
「わけるが先か、あつめるが先か」石黒の語りはこの問いからはじまった。
「赤ん坊は母や世界が自分とは異なると気付き、そこを分けることで認知や思考を一気に深める。だからわけるが先なのです。分離を恐れては、世界は分からなくなる」と、師範石黒は断じる。当り障りがないように、分けるべきモノを分けず、グローバリゼーションによる同質化の影響を受ける世界への力強い初手だった。
「わける/あつめる」を行った情報を、放置してはいけない。用法語りは「つなぐ/かさねる」へと続く。
「編集思考素は美しい。便利だから使うのではない、美しいものは人の心を動かすから使うのです」と北條は放った。
編集思考素とは、用法2で稽古する情報/概念を関係付ける思考単位の型であり、「三間連結型」、「三位一体型」、1つを2つに分ける「二点分岐型」、2つを1つにまとめる「一種合成型」と、「3」で出来ている型が多い。編集工学ではさらに、「2+1」(ツープラスワン)や「A、BorC」という捉え方をするが、そもそも概念は例えば、「男と女」、「地獄と極楽」といった一対で安定し、そこに1つの情報を与えると動きだす。「地獄と極楽」に「泥棒」を足せば、蜘蛛の糸という物語が生まれるように。
タンゴのダンサーでもある北條の信望する作曲家ピアソラは、クラシックとジャズという2つの音楽を1つのタンゴに合成し、踊らないタンゴという新しいタンゴを生み出した。
2に1つ加わると動きが出るさまは、まるで三体問題のようだ。三体問題は解がないと書いたが、そこにはいくつかの特殊解が存在する。その一つは三体が正三角形に配置された場合、そう三位一体だ。編集思考素には理科的な美しさが潜んでいる。
北條は、例えば西行の山家集の千夜千冊の構成が「花月心」という三位一体型で出来ているように、千夜千冊の中には編集思考素が綺羅星の如く現れ、美しい文章となっていると語る。
能の構成である序破急が三間連結であるように、父と子と聖霊と言う三位一体を聞けばキリスト教とすぐ分かるように、表現に「3」を内在する編集思考素が現れると、文理を問わず、その美しさとともに人の心と世界を動かす。
「わける/あつめる」よりはじまった用法語りは、美しい編集思考素による「つなぐ/かさねる」を経て、複雑な世の中に対峙する「編集」を加速する。
(参考)
『三体問題』浅田秀樹著 講談社ブルーバックス
『三体』劉慈欣著,立原透耶監修,大森望訳,光吉さくら訳,ワンチャイ訳 早川書房
千夜千冊 1846夜 『グノーシス 異端と近代』
千夜千冊 0018夜 『科学と方法』
アイキャッチ/阿久津健(53[守]師範)
文/山崎智章(53[守]師範)
写真/後藤由加里
★第53期[守]基本コース
稽古期間:2024年5月13日(月)~2024年8月25日(日)
申込はこちら
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音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。