この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

昨年の今頃、花伝敢談儀に出席できるかと私は悩んでいた。妻が臨月だったのだ。そのとき産まれた娘がもう1歳になる。
少し前まで寝ているだけだったが、いまはもう「ずりばい」をする。まだしっかり四つん這いになれないので、ずりずりとはいはいするのである。動き始めた彼女は好奇心の塊だ。縦横無尽に注意のカーソルを動かし、後先考えず突進していく。そして、いつの間にか周りがものに囲まれたり何かに嵌ったりして動けなくなっている。
おや、林立するテーブルとイスの脚に突っ込んで嵌ったようだ。窮地にいるようにもみえるが、彼女はやすやすと編集して状況を打開する。
まず泣く。とはいっても少々大きめの声での泣き真似だ。これまで動けなくなった既知の状況からアナロジーを働かせ、この未知も対応できるとカマエているのだ。ほら、誰かが近くにやってきた。お次は、じっとみつめる。相手の注意のカーソルをまんまるボディに向けさせるのである。そして、仕上げに手を差し出す。ずりばいの状態から背筋するように思いっきり腕を上げてはアフォーダンスが動かない。脇をあけるだけ、ほんの少し上げるように出す。すると、相手の両手が4本の指を揃え親指を立ててやって来る。手が差し入れにくそうなのでもう少し体をそらしてやる。いい感じに手が丸みを帯びて近づいてきた。微調整、差し込まれたらしっかり脇を絞めておく。視界が上がった。無事抜け出したのだ。ここで終わらせてはいけない。最後に、ニコニコきゃっきゃっとフィードバックしておくのが重要だ。
こうして編集している様子をみると、非言語かつリアルタイムではあるが、乳児が出題をして相手のモデルをリバースし、モデル交換をしながら、抱っこという南に向かって指南しているようである。さらには状況をメタに捉えたときに、抱っこというターゲットに対して直接的に親の足を掴んでねだるというアケではなく、フセて相手に気づいてもらうように庇護欲を刺激しつつ問いかけたような気すらしてくる。あ、だから、林立する脚に毎回嵌っているのか・・・。
そもそも窮地に陥らなければ、好奇心に任せて冒険をしなければ、こんなことは発生しない。親としては何も起きない籠の中に入れておけば平穏が保たれる。だが、柵(ベビーガード)があれば超えていく、危ういところに飛び込むから、学びがあるのだ。動き始めた彼女にとって匍匐前進した先にある世界は常に有事で、日々編集力が磨かれている。自らの足で立つ日もそう遠くはない。一抹の寂しさはあるが、かわいい子には旅をさせよ、である。
花伝所にも自ら立ち歩み始めに差し掛かっている者たちがいる。演習をしてきた師範代のたまごたちだ。錬成・キャンプで殻を破り、師範代認定という孵化を果たした。最後のプログラム敢談儀に向けて、各道場でプレ敢談(守破で言う汁講)が行われ、苦楽をともにした仲間たちと来し方を振り返りつつ、師範代登板という行く末に向けて用意が進められている。
揺籃期も仕舞いである。もう乗り越えるまでもなくそこに柵はない。放伝生となり、幼な心の、好奇心の趣くままに冒険の旅へ向かう。
文 蒔田俊介(花伝師範)
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。