この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

34年ぶりの日経平均株価の最高値更新の高波で市場の熱気が続いている。
しかし、バジラ高橋こと輪読師・高橋秀元の最高の卓越技術を結集した衣装連打の熱意には及ばないだろう。
もはや春霞たなびく雨水の候だというのに最高気温5度と冷蔵庫並みの寒さと篠突くような氷雨そぼ降る2月25日、きらりと輝くダークグレーのジャケットと胸元にしっとりと馴染んだ手編みの黒スカーフで登場したバジラ高橋の装いに、日頃の雪駄とハットとジャケットなバンカラ風をよく知る豪徳寺の編集工学研究所にいるスタッフ一同がどよめいた。
今期の輪読座で、読本に因んだ衣装づくりを仕掛けたのは、輪読座初期からバジラ高橋に学ぶ座衆の一人、ファッションクリエイターの斎藤耕一さんだ。その繊細なテクスチャーは、既に第一輪で魅せた現代の名工・大澤紀代美の手による白ジャケットの裏地に描かれた鵲(かささぎ)の刺繍でも紹介されている。
<速報>講座胎動レポート【輪読座「富士谷御杖の言霊を読む」第一輪】
講義の冒頭「これほどのものを着せてもらうとは」と肩を竦めながらはにかむ輪読師の隣で、斎藤さんが今回の衣装作品のバックヤードと意図を披露する。
生地は、純日本製の絹織物「松岡姫」で知られる庄内の松岡製糸の逸品。酒田の大地主本間様の御当主にあつらえた綾織の正絹仕立てという市場に出ていない一点ものだ。型紙は銀座英國屋のカッター、縫製は桐生のフクル代表木島正が手掛けた。このジャケットは格別の生地の最善に技と技が結集して完成した唯一無二なのである。綾織は、ジーンズのデニムのように繊維が密に織り込まれた生地であり、これを絹糸で織ることが可能なのは、日本でも松岡製糸だけ。元々触り心地は柔らかく、伸縮性に優れ、シワになりにくい綾織の特徴が絹糸でさらに上位互換する。
ここに5世紀から6世紀ごろにあったと伝わる幻の織物、倭文織(しずおり)を擬いた黒スカーフが齋藤さんの手づくりで重ねられ、今日の読本『萬葉集燈』に肖ったしつらえに華を添える。
かくして幻の過去のモノが現代でカタチを得たのだ。江戸後期の国学者富士谷御杖の方法を読み解く言霊の力を纏ったバジラ高橋の解説が、いっそう饒舌に繰り広げられていったのも当然であろう。
輪読座は、座衆が作成した前回の振り返りから始まる。
高橋は座衆の意を受け、「人間は物語を生きて人間になる」のであり、「現在とは何であるか」「自分の住んでいるところがどういうところか分からない人は、世界で何が起こっているか分からない」と呼応する。
続く読本の解説でも高橋の勢いはとどまるところを知らない。
富士谷御杖によれば、「言霊」は、現在を生きる人の脳内や五感で認識する内なる神々の本心、「直言」は、自己認識を含む認識される世界を公私一致させた外なる神々の言であり、我々はその中を行ったり来たりして漂って善だったり悪だったりを繰り返しているのだという。
高橋は、ここからソフトパワーとしての言霊の心法に注目する。そして、現代は日本のソフトパワーが弱まっており、世に氾濫する言語の本質をとらえ、真意を如何に読みとくかが求められている、と解く。
その意味でも、萬葉集の全句に詳細な字句解説を試みた富士谷御杖『萬葉集燈』は、解読術の格好の手すりなのである。
約一時間にわたる解説の後、参加者による『萬葉集燈』の音読と高橋の随時解説が共鳴し合う。経文のような文字の羅列に見えていたテキストの間から、そこに封じ込められていた意外と柔らかい真意が倍音のように立ちあがってくる。
富士谷御杖が「萬葉集の読み人がその歌を千年も詠まれると思っていなくとも、そこに“言霊”があったからこそのこったのだ」と感嘆したように、高橋は幻となりつつある御杖のテキストから“言霊”を見出し、彼のソフトパワーへのまなざしこそ現代日本に必要であることを喝破していくのである。
「本楼でお会いできたらぜひこの服を触ってみてください。今はほとんどない日本の絹の触りごこちですよ」
富士谷御杖の言霊を全身全霊で具現化したバジラ高橋は微笑む。
最終回の第六輪は都に花咲き誇るであろう3月31日(日)。
輪読座はアーカイブ映像で第一輪からの後追い視聴が可能である。この春、富士谷御杖の“言霊”が伝える”倒語の妙“を一挙集中して味わってみてはいかがだろうか。
輪読座「富士谷御杖の言霊を読む」申込みはこちら
【付記】
実はこの日、春からの輪読座のターゲットについても言及されていた。今宵は直言せずヒントだけ置いていこう。そのテキストは、戦乱はなぜどうやって進むのかを長年にわたり綴り続けた記録である。必ずや時を超えて現在を生きる私たちの心に響くに違いない。正式発表をお楽しみに。
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細田陽子
編集的先達:上橋菜穂子。綿密なプランニングで[守]師範代として学衆を全員卒門に導いた元地方公務員。[離]学衆、[破]師範代、多読ジム読衆と歩み続け、今は念願の物語講座と絵本の自主製作に遊ぶ。ならぬ鐘のその先へ編集道の旅はまだまだ続く。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。