この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

一冊一冊の本を敬い、活かすことを徹底した図書館や書店には空間を編集する力をもつ。そのあちこちを歩いてみたい。
“読む前の本の姿や雰囲気も、実はもう「読書する」に入っていると思います。ということは、図書館や書店は、その空間自体が「読書する」なんですよ。”
『多読術』松岡正剛(ちくま書房)より
赤ちゃんから高齢者まで、誰もが楽しめる図書館をつくりたい。クライアントからそうオファーを受けたとしたら、まず思い浮かべるのは音環境や什器のデザインだろうか。
しかし「天井高の変化」や「座れる階段」から安らぎを見つける可能性がないとはいえない。
プランニングには一見、図書館に結びつかないような情報も取り出し、関連づけることが大事だ。都市計画や建築設計のために多様な情報を探す方法として「パタン・ランゲージ」という理論がある。
「パタン・ランゲージ」は、ウィーン出身の建築家、クリストファー・アレグザンダーの研究によって導き出されたものだ。
アレグザンダーは人が「心地よい」と感じる内外環境の諸要素を分析し、253ものパターンを挙げて定義した。パターンの組み合わせは自由自在である。
千夜千冊1555夜『パタン・ランゲージ』では“パターン(語)はその他のパターン(語)と結び付いて幾つものランゲージ(言語)となり、独特のデザイン文法や編集的文脈をつくっていく”とある。(※)
東京都の武蔵野市にある「武蔵野プレイス」もまた、この編集的文脈を生みだしている。
「武蔵野プレイス」はライブラリー以外に生涯学習や市民活動の場所という機能ももつ。市民同士が集まり、人の居場所になる交流拠点になることを目的に計画してできた複合施設だ。
書架は地下から地上までのフロアを分散させ、あちこちに人が滞在して読書できる。アレグザンダーのパターンには<小さな人だまり>や<通り抜け部屋>がある。高齢者が本を探す傍ら、親と子が絵本を読み合う。中央の吹き抜け周辺ではママ友同士のお喋りが日常的だ。
設計を担当したkw+hg architectsの比嘉武彦氏は、「敷居や廊下をなくし、人が通り抜けしやすい空間をプランした。フロアの中心部に吹き抜けをつくることで、空間が途切れずに人の気配が感じられる。ライブラリーを利用する人が、生涯学習や市民活動の部屋にも視線を向けることで、関心が高まり活動に参加しやすくなる。」と語る。
一方、青少年同士の交流を目的に、ティーンズ専用のフロアも設けている。ここでは<子供の領土><コミュニティ活動の輪><十代の社会>というパターン群が意識される。年間利用者のうち10代の訪問数が約40%と、全体のほぼ半数を占めることからも、フロアが盛大に活用されていることが分かる。
「武蔵野プレイス」は各所にアレグザンダーのパターンを感じるが、“賑やかな公共性”を指針とするこの施設にも、ひとすじの陰影がほしくなる。
<つながった建物>や<くつろぎ空間の連続>に境界を引き、個になれる空間も設けてみたい。
オープンとクローズドのスペースを、喧騒と静謐といった対比を置いてこそ、場の多様性が引き立つのではないか。それは253以降のパターンを生む可能性を探る手立てになるはずだ。
パターンをつくり、文脈を動かしていくのは「武蔵野プレイス」を訪れるひとりひとりであってほしい。
武蔵野プレイスURL
http://www.musashino.or.jp/place/
(※)参考 千夜千冊1555夜クリストファー・アレグザンダー
『パタン・ランゲージ』
https://1000ya.isis.ne.jp/1555.html
増岡麻子
編集的先達:野沢尚。リビングデザインセンターOZONEでは展示に、情報工場では書評に編集力を活かす。趣味はぬか漬け。野望は菊地成孔を本楼DJに呼ぶ。惚れっぽく意固地なサーチスト。
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。