漢方医学という方法◢◤[遊姿綴箋] リレーコラム:小倉加奈子

2024/01/14(日)07:50
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干支は、基本的に中国やアジアの漢字文化圏において、年・月・日・時や方位、さらにはことがらの順序をあらわし、陰陽五行説などと結合してさまざまな占いや呪術にも応用される。東洋医学の中でも「中医学」は、主にその陰陽五行説を基盤としており、漢方医学とは似ているのだが扱う概念が異なる。日本では、漢方医学の方が主流であるため、干支を医療現場で扱う機会はほとんどない。

 

干支といったら、中高年世代がさりげなく干支を尋ねて年齢を推定するという忖度いっぱいのコミュニケーションの場で使われることが多いかもしれないが、先日、MEdit Labを手伝ってくれている医学生のふっくちゃんに何気なく干支を聞いたら、同じ干支だったのに衝撃を受けた。ついに二回りも下の子と仕事をするようになったのか…。医師22年目、複雑な心境である。

 

◆漢方医学は「分節化」

 

閑話休題。漢方医学について話を続ける。私はこれまで漢方医学について深く学んだことはないし、漢方薬を処方する機会があるような臨床医でもないのだが、師範の華岡晃生さんがMEdit Labの「ミカタの東洋医学」という連載の中で、ずっと漢方について色々と解説してくれており、それらをずっと読んでいる中で、つまり漢方医学というのは、編集でいうところの「分節化」を何よりも重要視する診療論なのだろうと自分なりに解釈してきた。

 

分節化というのは、情報をいろいろな切り口で区切ってから、さらにつなげ直すことを意味する。だから、分節化は、情報の新たな側面を発見するための編集方法である。漢方医学の用語の中でも広く浸透している言葉に、「五臓」がある。五臓は、肝・心・脾・肺・腎のことであるが、西洋医学で意味する臓器そのものとは意味が全く異なる。五臓それ自体に特徴的な「身体機能の分節化」、すなわち捉え方があって、その分節化に不具合があるかどうかを4つの診察法「四診」を通して観察する。気や血や水が、その人の身体の状態に応じて、適切なリズムを持って滞りなく流れることを漢方医学では目指すのである。

 

そういった“つなぎ目”に着目したアプローチは、漢方をはじめ東洋医学に造詣のない病理医の私にとっても感覚的に理解できる。病理診断はもちろん西洋医学のアプローチに則って行われるものだけれども、細胞の形態を観察し、その細胞同士の「間」を観察することで行われる確定診断へのプロセスは多分に東洋医学的ではなかろうかと思う。

 

◆日本という方法、ここにも

 

中国や韓国では、それぞれ中医学や韓医学といった伝統医療を行うには、それぞれにライセンスが必要である。一方、日本では、医師免許があれば漢方を扱える。2018年6月、WHO(世界保健機関)が定める「国際疾病分類」の第11回改訂版(ICD-11)では、「伝統医学」として初めて、漢方をはじめとする東洋医学が追加され、これまで西洋中心だった医療界で、東洋医学の必要性が世界的に認められることとなった。

 

日本は、アジア人でもあるし、明治維新前は漢方医学が医療の主流であったこともあり、西欧諸国よりも漢方医学にはもともと馴染みが深いといえる。その証拠にICD-11に先立ち、2017年に日本では、モデル・コア・カリキュラムと呼ばれる医学教育の基本的な指針が改訂され、医学生として必要な知識の中に、「漢方医学の特徴や、主な漢方薬の適応、薬理作用を概説できること」という文言が組み込まれ、全国の医学部で漢方医学教育が行われるようになっている。たしかにMEdit Labのワークショップ「医学をゲームする」で、医学部1年生が、中医学の基礎となる「五行色体表」を楽しく学ぶためのUNOっぽいゲームを考案していた。

 

このように、中国や韓国とは異なる日本の医療現場は、西洋医学と東洋医学を自在に組み合わせる新たな発想が生まれる素地がある。その中で、伝統医学それだけを大事に継承している中国や韓国の専門家たちは、邪道だと思う可能性もあるだろうが、様々なアプローチが試みられている。まさに、“たらこスパゲッティ的”な取り組みが医療現場でも行われているということである。日本はやはりデュアル・スダンダートな方法がしっくり馴染む文化なのである。日本のゆるさと寛容さと器用さは、医学を含めあらゆる専門分野においてもっと自信を持って試されていいはずだ。

 

“干支医療”みたいなものも試みてみたら、意外と面白いことができるかもしれない。来年、年女を迎える巳年の病理医は、巳年の特性だといわれる粘り強さ(悪く言えばしつこさ)を武器に、細胞や組織の分節化をつぶさに観察して、キレキレの病理診断を下せるよう、日々精進しようと思う。

 

※参考書籍
日本漢方医学教育協議会『基本がわかる漢方医学講義』羊土社

 

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  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。

コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。