『他者の靴を履く』×3× REVIEWS

2024/12/22(日)09:00
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 松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「× REVIEWS」。
 今回は、ブレグジットを言い当てたことでも話題になったロンドン在住の作家、ブレディみかこさんによる『他者の靴を履く』(文春文庫)を取り上げます。推薦者は、チーム渦の新メンバー・山口奈那さん。いわく「タイトルに心を掴まれました。私と他者、まったく真逆の2つがどう結びつくのか」。


 

『他者の靴を履く』×× REVIEWS

 

1 自由に自分を脱ぎ捨てる
第1章 外して、広げる
第2章 溶かして、変える
第3章 経済にエンパシーを
第4章 彼女にはエンパシーがなかった

 

日本語では、どちらも「共感」と訳されてしまうシンパシー(sympathy)とエンパシー(Empathy)。でもここには違いがある。シンパシーは性向だけれど、エンパシーは身につけられる能力だ。ではどうやって身につける?

 他人のことを考えることと自分らしく自由に生きることは全く真逆のことだと思っていた。しかし、実はこの2つは真逆ではなく、本当に自由な人とは簡単に自分を脱ぎ捨て、他者の視点を借りることが出来る。寄り添うことが出来るのだ。まさに靴を脱ぐように、簡単に自分から離れ、ずらりと並ぶ靴からどの靴を履くかを選ぶことが出来る。
 私に固執しすぎてもいけないし、他者に飲み込まれるように同一化してもいけない。他者と私を分けると見えてくるものがある。「地と図」のように他者と自分の視点を意識的に入れ替えていくことがエンパシーへの第一歩だ。(山口奈那)


2 「迷惑をかけたくない」という欺瞞
第5章 囚われず、手離さない
第6章 それは深いのか、浅いのか
第7章 煩わせ、繋がる
第8章 速いシンパシー、遅いエンパシー

 

他者と自分の視点を意識的に入れ替えることは難しい。でも、なぜ、難しいのだろう?

「迷惑をかけたくない」。コロナ禍で顕在化した日本人の心情だ。でもここには「迷惑をかけられたくない」という裏返しの感情があった。『「集団主義」という錯覚』に詳しいけれど、実は複数の調査で「日本人は協調性に欠ける」という結果が出ている。他方、エンパシーは「他者の靴を履いたら?」という「相手」を「地」にした思考(理解)だ。「迷惑」を起点にした思考に他者は介在しない(かわりに同調圧力がある)。エンパシーとは、他者を「地」にした「共楽共苦」であり、これは未来に向かう靴でもあった。(角山祥道)


3 32+1人の靴を履く
第9章 人間を人間化せよ
第10章 エンパシーを「闇落ち」させないために
第11章 足元に緑色のブランケットを敷く

 

「未来に向かう靴」をどう履くのか。なぜ履くのか。他者の靴を履くと、どうなるのだろう?

 32人。9章から11章の間で名前を呼ばれ、考えを引かれた人物の数。エンパシーをあるべき姿で使うためにはどうすればいいかを考える議論の中で、著者もたくさんの靴を履いて歩き回る。エンパシーは自分を他者に明け渡すおそれがあり、支配の陰がある。だからアナキズムが必要だ。支配を拒否するアナキズムこそがエンパシーが輝くための命綱だと了解する。
 つまりこれは「自由」の技法の話だ。他者・他物の側に身を置き視界を学び、自分の生に生かすこと。これができると世界は無限に開かれる。こうした動向を松岡正剛は「自己の他端」と呼んだ。他者の靴を履くとは「何者にも支配されぬ」という意志の下、自己の他端を進んで開拓することだ。(吉居奈々)

 

『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』

ブレイディみかこ著/文春文庫/2024年5月10日発行/825円(※2021年6月刊行の単行本を文庫化)

 

■目次
はじめに
第1章 外して、広げる
第2章 溶かして、変える
第3章 経済にエンパシーを
第4章 彼女にはエンパシーがなかった
第5章 囚われず、手離さない
第6章 それは深いのか、浅いのか
第7章 煩わせ、繋がる
第8章 速いシンパシー、遅いエンパシー
第9章 人間を人間化せよ
第10章 エンパシーを「闇落ち」させないために
第11章 足元に緑色のブランケットを敷く
あとがき
文庫版あとがき

 

■著者Profile
ブレイディみかこ/1965年、福岡生まれ。96年から英国ブライトン在住。同国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞受賞。著書に『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』『労働者階級の反乱』『地べたから考える』など。

 

出版社情報 

 

× REVIEWS(三分割書評)を終えて

人間関係に悩んだときはとにかく「あなたが変わりなさい」という本ばかりが多くこの本も同じかと思っていた。しかし、他者を理解するために「自分で選んで他者の靴を履く」。この言葉には強張った体からふっと力が抜けたようだ。頑なになっていた自分の靴を脱いで他者の靴を選ぶ。これは、私が自由になるための方法だった。(山口奈那)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。