【ISIS BOOK REVIEW】直木賞『しろがねの葉』書評 ~書評ライターの場合

2023/02/13(月)08:30
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評者: 角山祥道
ライター、イシス編集学校 師範

 

 

創刊されたばかりの男性ファッション誌の、200字のBOOKレビュー。21歳の夏にこの仕事を請け負って以来、ずっと書評を書いている。紹介した本や著者は、かつての友や彼女のようでいつも懐かしいし、初めての著者の本はいつもドキマギする。「はじめまして」。ぼくは千早茜の『しろがねの葉』を手に取った。

 

 『てぶくろ』(福音館書店)という絵本がある。

 おじいさんが落としたてぶくろの中に、くいしんぼねずみやぴょんぴょんがえる、はいいろおおかみといった動物たちが次々に入っていく。住人が増えるたび、てぶくろには軒や窓、煙突に呼び鈴……と追加されていく。七匹目ののっそりぐまがやって来たときには、子ども心に「入るの?」と驚いたが、この「何でものみ込んでしまう穴」は魅力的だった。ぼくも入りたい。いったい、何度読み直したことだろう。

 

 不意に『てぶくろ』を思い出したのは、千早茜の『しろがねの葉』を読んだからだ。

 著者初の時代小説の舞台は、一六〇〇年代の石見銀山。石見の銀は当時、世界の銀産出量の三分の一を占めていて、この頃のオランダやイタリアの地図にも「iwami」の名が見える。

 銀山には、間歩(まぶ)と呼ばれる穴が無数に空いている。まるで『てぶくろ』に魅入られる動物たちように、銀堀たちは穴の中に吸い込まれていく。やがて彼らは肺を病んで死ぬ。三十を過ぎても生き残るのは稀だ。だが男たちは「おぞい場所」に入ることをやめない。そこだけが「生の糧」だと信じているから。穴で生きることが、自分と家族とを繋いだ。

 『しろがねの葉』は、銀山に生きるウメの一生を描く。ウメは孤児だ。夜逃げした親からはぐれ、生きる術のないところを山師・喜兵衛に拾われた。

 ウメもまた、真っ暗な穴に惹かれる。くいしんぼねずみのように。

 なぜか。ウメに銀堀たちのような欲望はない。ウメは欲に生きていない。ではどうしてか。喜兵衛に認められたいから? 男しか許されない世界だから?

 女のウメは、穴の中で生きることはできない。ここでの女の役割は子をなすことだけだ。抗おうが、その運命を受け入れざるを得ない。石見では女だけが生き残り、都度、別の銀堀を自分の中に受け入れる。夫の死と別の男に抱かれることは同時にやってきた。銀山の女は三度夫を替える。そのたびに子をなすのが、ここの女の宿命だった。

 ウメは幼子の頃から夜目が利いた。ウメは真っ暗な闇を見ることができる存在なのだ。間歩の闇、人の闇。生の向こう側の闇。胎内という闇。闇のない世界はないが、闇を見ようなどとする人はいない。ウメを除いて。

 ウメには、銀堀たちには見えないものが見えていた。闇はただの漆黒ではない。そこにはうねりがあり、襞がある。濃淡があり、わずかな光もある。なまめかしくもあり、おぞましくもある。

 七匹目の動物をのみ込んだ『てぶくろ』は、こいぬの吠える声に驚いた動物たちが一斉に逃げ出したことで、終わりを告げる。

 ウメも銀堀たちも、終わりが来ることを知っている。穴が枯れることも知っている。自分たちがやがて穴に還ることも知っている。千早茜が描いたのは、こうした連綿と続く宿命から目を逸らさない、ウメの姿だった。二人の夫の死からも息子たちの死からも目を背けない。闇を見続ける。それがウメの唯一の抗い方だった。

 

 表紙の黒地に浮かぶ光る葉を汚したくなくて、そっとカバーをはがしてみると、地図が出てきた。奥付に「石見国絵図」とあったので、探し出して眺めてみる。銀山の場所をパソコン画面で拡大する。

 それは、おじいさんが落としたてぶくろの形をしていた。

 

読み解く際に使用した「編集の型」:

アナロジー []、見立て []、コンパイル []

 

「型」の特徴:

不思議だけれど懐かしい感触といったらいいだろうか。『しろがねの葉』を読みながら何か引っかかる記憶があり、似ているものがあったはずと記憶をたどってみると、絵本『てぶくろ』にたどり着いた。同時に、石見銀山をコンパイルしつつ、『てぶくろ』で作品を見立ててみる。関係線を引いたことで、穴がほのかに明るくなった気がした。

 

※アイキャッチ:『石見国絵図』(国立国会図書館デジタルコレクション)、『てぶくろ』(エウゲーニー・M・ラチョフ絵、内田莉莎子訳、福音館書店、1965年初版)

 


『しろがねの葉』

著者: 千早茜

出版社: 新潮社

ISBN: 978-4103341949

発売日: 2022/9/29 

単行本: 320ページ

サイズ: 19.1 x 13.2 x 2.5 cm

  • 角山祥道

    編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。