編集かあさん ふたたび、コップの使い道

2021/06/06(日)10:24
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「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。


 

それは一瞬の出来事だった。
空を切る気配に続くガタンッという音の後、ディスプレイに映っていたイシス子ども支局メンバーの姿がフッと消えた。
視線を下に向けると、キーボードの上に広がる水たまり。
その日、WEB会議中に膝に抱いていた娘が倒したコップの水によって、2012年冬のボーナスで購入したMacbook Airとの突然の別れが訪れた。

広島エディットツアーで「コップは何に使える?」ワークをしたときの桂大介師範の言葉が呼び起こされる。
「子どもはとても自由にものをみているんですよね」
ああ、確かに自由だ。
「母親のノートパソコンを破壊する」なんて使い道が、コップにあると思っていなかった。

「コップは何に使える?」といえば、イシス編集学校[守]の最初のお題だ。
私も二度の師範代登板で、計18名の学衆さんのコップの使い道に指南をお届けした。
しかし今まで触れてきた「コップ」回答を「親の目」で眺めると、実は少なからず「コップをこう使ってほしくない」回答があることに気づく。

・ストレス解消のために投げつける
→割れるから投げないで!
・割って武器に
→危ないから割らないで!
・虫を閉じ込める
→出来ればね、飲み物以外はね、入れないでほしいな…

こんな指南が届いたら学衆さんもびっくりである。

「コップ」の指南をお届けする際に、たびたび使ってきた言葉がある。
「「どんなコップか」によって、「何ができるか」は動きます」
コップを変えれば、出来ることも出来ないことも変わる。
そう考えながら娘に与えている乳児向けのコップを見ると、親が考える「やってほしくない」が詰まっている。
素材は軽いシリコンで、落としたりぶつけたりしても割れないし、ダメージも小さい。
吸ったときだけ中の液体が出てくる蓋がついていて、傾けたり振り回してもこぼれない。
蓋のおかげで子どもがカップの中にものを入れることもしにくい。
子育ての先輩たちの、数多の「やめて~」という叫びの果てに得た知恵が結集されているのだろう。
先達たちの経験から得た知恵をありがたく享受する一方で、ふと思う。
もちろん危険は取り除かなければならない。
でもコップで出来ること、出来ないことを頭の中でイメージする力が過去の経験から得られているのであれば、最初から使い道が限られたコップを与え続けると、娘の「経験に支えられた想像力」は制限されるのだろうか。
最初から望ましい使い方だけが出来るものを用意するのか、多少の「やっちゃった」や「危ない」を覚悟しても多様な使い道を探らせるのか。
娘が大きくなっても、その塩梅にはずっと悩み続けるのかもしれない。
それこそ電子機器はいつから使わせるのか、使わせるならネット閲覧にフィルターはかけるのか、なんて考えるのだろうか。

そんな少々気が早いかもしれない想像は、娘が落としたシリコンカップが足の指に当たって打ちきられる。
怪我はしないが、当たり前に痛い。
親の「してほしい」も「してほしくない」も彼女は軽々超えていくのかもしれない。

  • 浦澤美穂

    編集的先達:増田こうすけ。メガネの奥の美少女。イシスの萌えっ娘ミポリン。マンガ、IT、マラソンが趣味。イシス婚で嫁いだ広島で、目下中国地方イシスネットワークをぷるるん計画中。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。