この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

「中平卓馬 火ー氾濫」が東京国立近代美術館で開催中です(4月7日まで)。約20年ぶりの大回顧展だそうです。中平卓馬は1970年代に「アレ・ブレ・ボケ」の作風で森山大道とともに名を馳せた写真家。1977年に急性アルコール中毒で記憶喪失となった後は作風に変化が生じますが、写真が持つ生命力は晩年まで枯渇することはなく、見るものの心にずっしりと響いてくるものがあります。千夜千冊エディション#20『仏教の源流』の前口上から借りれば、中平卓馬の写真は「ラディカルで、アナーキー」という言葉もぴったりきます。
さて、早くも第3弾を迎えた多読ジム×倶楽部撮家《一人一撮 edit gallery》。ブッダのように、中平のように、「ラディカルで、アナーキー」な《edit gallery》となったのか?今季2024年冬・Season17でお題となったのは『仏教の源流』でした。常連のレギュラーメンバーに、新たなチャレンジャーも加わり、7作品が並びます。それではエントリー作品を見ていきましょう。
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「消費社会のさび」和泉隆久
ひと目見て、この写真好きだなぁと思いました。ジャケットの配色と合わせた色味。特に黄色の差し色が効いています。直線と曲線の組み合わせもジャケットの世界観を表しているようです。手前に結構な面積で奈落のような暗さが占めていますが広がりを感じるのは奥行きをしっかりと捉えられたからでしょう。タイトルの「さび」には錆と寂のダブルミーニングが込められています。じーっと見ていると金型の丸い部分が僧侶が護衛のために携帯する錫杖に見えてきます。消費社会は私たちの何を守り、救済してくれたのか、問題提起にもなっている一枚と言えそうです。
「草叢寂静(そうそうじゃくじょう)」渡會眞澄
今回は外撮影に挑戦された渡會さん。一見、蓮の上?極楽?と思いました。ブッダが歩いたであろうインドを想像し「きっとブッダは自然のなかに静寂を感じたのではないか」と撮影された作品です。生い茂る緑にアンリ・ルソーのジャングルの絵も想起しました。ひいてはタブローっぽい平面さがこの1枚の特徴とも言えそうです。これはこれでよしとも言えますが、本らしい形状や厚みも表現してみて欲しかったかな。
「やわらかな光を求めて」松井路代
毎回試行錯誤して臨まれる松井さん。今回も思い切りの良いチャレンジです。読衆との共読から「光」と「空」に《注意のカーソル》を当てた作品です。このお写真において、本の置かれたところを真っ直ぐな水平ではなく、やや均衡を崩して切り取ることで緊張感を与えているところがミソでしょう。本自体が後光を放つ仏様のようでもあり、影がお釈迦さまの手のひらのようにも見えます。光だけで演出をする心意気に拍手です。
「阿弥陀如来もいっぱい」重廣竜之
ご実家の仏壇で撮影された重廣さんの作品。そっか、そうだよな。こうゆう直球アプローチもあるな、潔いなと思いました。一方で本の位置や周りの情報の多さから本が添え物になっている印象もあります。「いかにも!」というところで撮る場合にはさらに高度な編集と狙いを持ってチャレンジしてみて。参考として『土門拳の古寺巡礼』がオススメです。
「椿の理」北條玲子
野に咲く花を捉えた渡會さんに対し、北條さんは吊るし雛の椿とあわせました。意外と『仏教の源流』は花と相性がいいのかもしれません。主題を引き立てるべく背景を漆黒にされたところに北條さんの美意識を感じました。ライティングの蝋燭に効果がなかったようですが黒が強すぎたのかもしれません。椿には影が差して立体的になっていますが、本の影は下地の黒に吸収されているので本がフラットになってしまったよう。いっそのこと蝋燭を写真に入れるか、背景を淡い色にしてみると蝋燭の効果が出るでしょう。
「観音さまの手のひらで」大澤正樹
「地蔵と共に見つめる先の慈悲」畑本浩伸
こちらの2枚はあわせて見てみましょう。どちらも縦位置で石仏との2ショット。一見同じようなアプローチに思えますが、観音様の手のひらに添えられると『仏教の源流』が経典のように見えますし、お地蔵様の側で屹立させると衆生を見守るありがたい偶像のようにも見えます。2枚並べてこそ、その違いを楽しめるお二人の競作(?)。次はどのような場所でどんなふうにエディションを撮影されるのか、大澤さん&畑本さんの作品に今後も注目したいです。
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千夜千冊エディションはいずれも重みも深さもあり、被写体として向き合うにも一種の緊張を覚えるものです。今回はみなさん少し肩に力が入ったかな?と思いましたが『仏教の源流』からシソーラスを広げて「どこで撮影するか」ということに想いを込めた作品が多い印象でした。今回のエントリー7作品はイシス編集学校Instagramでも公開しますのであわせてご覧ください。
イシス編集学校Instagram(@isis_editschool)
https://www.instagram.com/isis_editschool/
アイキャッチ画像:後藤由加里
おまけ
今回のアイキャッチ画像は撮り下ろしで挑戦しました。自然の中で撮ろうか、多重露光で撮ろうか、数日悩んだ挙句に表紙、背表紙、裏表紙に配置された3つの「空」を撮ろうと思いつきました。至ってシンプルなアプローチですが裏表紙の「空」をうっすらと浮かび上がらせるように工夫したのがポイントです。果たして吉と出たか凶と出たか。
Back Number
後藤由加里
編集的先達:石内都
NARASIA、DONDENといったプロジェクト、イシスでは師範に感門司会と多岐に渡って活躍する編集プレイヤー。フレディー・マーキュリーを愛し、編集学校のグレタ・ガルボを目指す。倶楽部撮家として、ISIS編集学校Instagram(@isis_editschool)更新中!
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コメント
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。