この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

読書にはマナーがある。いきなりガツガツ読み始めてはならない。まず表紙、そして目次、帯に袖に奥付けに、本文に入るまえに周辺情報をたっぷり堪能する。さながらレストランでメニューを舐めるように読み、想像力と食欲をかきたてるようなワンクッション。この食前酒のような時間を、松岡正剛は「目次読書」と呼んでいる。
■学びのまえに、何をすべきか
アペリティフを用意するのは、イシス編集学校でも同じである。読書が「読前・読中・読後」があるように、講座にも前菜がある。編集コーチ養成講座の[花伝所]では、開講に先立つことひと月前から濃厚なプレワークが課せられた。20名の入伝生は、自身の[守][破]の稽古体験を振り返るのみならず、校長松岡が次世代クリエイター育成のために自身のエディトリアルワークを語り尽くした秘伝のBooks seigowなる秘蔵映像や、『才能をひらく編集工学』を著した編集工学研究所専務安藤昭子による特別講義など、イシス編集学校選りすぐりの編集工学レクチャーを累計4時間以上視聴してから10月23日、入伝式に臨んだ。
■いま読むべき10の千夜と、その順番とは
そのなかのメニューとして「千夜読み」もある。1785夜を超える千夜千冊から毎期、「入伝生が読むべき千夜」をその期のメンバーの個性や時代的背景などの与件を踏まえて花伝所の師範が提案。花目付が選定にあたる。今期はどんな10夜が選ばれたのか。
フルコースは、サラダ、スープ、ステーキ、デザートの順番でなら食べられても、逆からではうまく行かない。花目付深谷もと佳は、「並び順」にもありったけの意図を込めた。それを探りながら、オーダーどおりに平らげていただきたい。36[花]師範陣15名の思惑とともに紹介しよう。
36[花] 千夜多読仕立て 師範エディション10夜
●1『夜学』上田利男(759夜)[本から本へ]
岡本悟の提案だった。「花伝所は、英雄物語でいえばセパレーションの段階。異郷の[花]から、視点を変えて原郷[守]のワールドモデルを暗示したい」 秋の夜長に読み耽りたい一夜。
●2『ライティング・スペース』ジェイ・デイヴィッド・ボルター(1717夜)[編集力]
「ネット時代に対する校長松岡正剛の《見方づけ》と《予測づけ》が効いている」と読んだのが武田英裕。公開当初から、編集工学の起源、イシス編集学校の成長がつぶさに語られ話題となった千夜。[破]学匠原田淳子も47[破]師範代に贈った。
●3『イメージ連想の文化誌』山下主一郎(1081夜)[編集力]
イシスとは、エジプト神話の女神の名である。では、そのイシスとオシリスはどんな物語なのか。なぜ校長松岡はこの神話を選んだのか。NEXT ISIS、DANZEN ISISを志向するなら、まずはアーキタイプを知る必要がある。
●4『身ぶりと言葉』アンドレ・ルノワ=グーラン(381夜)[ことば漬]
若き松岡正剛は、なぜ「遊」を作り、編集工学研究に向かったのか。編集エンジンを着火した一文が、ここにある。編集力とデザイン知の橋渡しをするのは、コミュニケーションの根本となる身体知。
●5『デザインの小さな哲学』ヴィレム・フルッサー(1520夜)[デザイン知]
『デザイン知』から3夜を提案したのが、デザイナー阿久津健だった。「デザインとは、脱・しるし化」 花目付林朝恵は「型を身につける窮屈な学びから、次第に型を自由に使う境地へたどり着けるように」とのエールを忍ばせる。
●6『想像力を触発する教育』キエラン・イーガン(1540夜)[デザイン知]
多くの入伝生は、編集工学への理解が足りないと引け目を感じる。そんなかつての自分に、と牛山惠子は遠慮がちに差し出した。「師範代には方法がある」と安心してもらいたいと願いを込めて。
●7『世阿弥の稽古哲学』西平直(1508夜)[芸と道]
世阿弥の「花伝書」に稽古思想をそっくりあやかった花伝所では、いわずもがなの絶必千夜。今回は選外になった『守破離の思想』(1252夜)とともに殿堂入り。
●8『大乗とは何か』三枝充悳(1249夜)[仏教の源流]
「守の師範代は、社会との接地面である」中村麻人が強調した見解に、深谷が共鳴。コップのお題を例に語られる「言い替えは大乗思想」には多くの入伝生が驚いた。
●9『うしろめたさの人類学』松村圭一郎(1747夜)※千夜千冊ED未収蔵
「編集稽古を贈与の文脈で語りたい」と贈与論を投げ込んだのが梅澤奈央。師範代になるのは、たんなる自分のためのスキルアップなのか。借りは返さなくてよいのか。深谷は「エディティング・モデル交換は贈り物に喩えられる」と応じた。
●10『ハックルベリー・フィンの冒険』マーク・トウェイン(611夜)[少年の憂鬱]
「編集は冒険である」と言いながら、安全なツアー旅行で満足しているのでは? 「編集は不足から」と言いながら、不足は埋めてなくしてしまえと思っていないか? 神尾美由紀は、編集稽古はどうあるべきか、常識金庫破りの泥棒少女になって徹底的に問い立てる。
■イシスはどこから来て、どこへ行くのか
『夜学』に始まり、千夜千冊エディション『デザイン知』にあたりつつ、『編集力』や『芸と道』なども配置。そして『ハックルベリー・フィンの冒険』に着地。順番に読むことで、イシスの本来と我々がむかうべき将来がおぼろげに浮かびあがる。
むらさき道場入伝生MJは、たびたび顔を出す「境界」のワードが気になったとつぶやき、わかくさ道場Tは学衆時代は救いを求める側だったと我が身に気づく。「コップお題を前にした瞬間から、菩薩道につながる門のウチに入っていたのかもしれない」 36[花]はこの10夜を慎独し、新たなエディティングスペースめがけて飛び出した。
写真:深谷もと佳
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。