あの師範代があばれた熱湯風呂【75感門】

2021/03/13(土)16:17
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ちょうど1年前、2020年3月3日だった。

 

[破]の教室の勧学会に、ある学衆が3500字にのぼるコメントを投稿した。
なぜ自分は師範代をやりたくないのか。

仕事でのエピソードから己の矜持、人生観まで語り尽くし、

「私は、松岡正剛と同じ地平に立ちたい。」と言明した。

 

その冗長性はまるでダチョウ倶楽部の上島竜兵が

「絶対に押すなよ!」と言いながら、

熱湯風呂の上で最後の一押しを待つ姿に似ていた。

 

「このままひっそりイシスをフェードアウト」と書いていた学衆は、

師範、師範代、仲間からも背中をばんばん叩かれ、

「押すなって言っただろお」とにやつきながら師範代となり、

46守を人一倍の熱とスピードで駆け抜けた。

 

そして今日、感門之盟で卒門式を迎えた彼の姿を見て

仲間の一人は確信した。

 

彼には最後の一押しなんてそもそも必要なかった。
未来の学衆たちと誰にも見せない人一倍の努力が

すでに彼をソノサキから引っ張り熱湯を涙へと代えていた。

 

  • 羽根田月香

    編集的先達:水村美苗。花伝所を放伝後、師範代ではなくエディストライターを目指し、企画を持ちこんだ生粋のプロライター。野宿と麻雀を愛する無頼派でもある一方、人への好奇心が止まらない根掘りストでもある。愛称は「お月さん」。

コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。