愛の逆ミメロギア 学衆の恩返し

2021/02/21(日)09:16
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 「門下生」という言葉に、師範の井ノ上シーザーが「てへへ」と答えた。

 

 46[守]いいちこ水滸伝教室は、3カ月の速修コースだ。師範代の松永真由美だけでなく、井ノ上も指南を担当している。濃密で高速な稽古をともにした学衆から、「門下生」と言われて悪い気がするはずがない。「てへへ」なのだ。

 

 そんないいちこ水滸伝教室の勧学会に、早々に卒門を決めた「門下生」から「仰げば尊し、いいちこ永遠(とわ)に!」とのタイトルで贈り物が届いた。「恩師の方々に、なにか感謝をお伝えする場を創れないだろうか」。恩返しの「逆ミメロギア」出題だった。

 

 「お題はズバリ 松永師範代、井ノ上師範!」

 

 安易な回答がはばかられるのか、それとも卒門に向けそれどころではないのか、回答はなかなか届かない。しびれを切らすように先陣を切ったのは松永だった。

 

 角笛の井ノ上師範 音叉の松永
 ホルンの井ノ上師範 エンドピンの松永

 

 地元のオーケストラでチェロを奏でる松永らしい音楽を地にしたミメロギアだ。師範代に続くべく、学衆からも回答が上がり始めた。締め切りは卒門日の今日2021年2月21日。井ノ上、松永を「てへへ」と言わせる回答がきっと届くだろう。

  • 景山和浩

    編集的先達:井上ひさし。日刊スポーツ記者。用意と卒意、機をみた絶妙の助言、安定した活動は師範の師範として手本になっている。その柔和な性格から決して怒らない師範とも言われる。

コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。