39[花]学びの場に注がれる光

2023/07/08(土)20:03
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 13歳の時、ゴッホの『星月夜』を観て世界が揺らぐ音を聞いた。澄んだ夜空を照らす月明かりは、縺れながら消え、消えながら縺れ通過する風に陰影を投じる。その刹那、ゆらめく光は瞼の奥に息を吹きかけ笑う。「こっちもあるよ」。そこは、教科書の正解にはない世界。教室で声にすれば、皆と違うレッテルを貼られ歪んだ評価が突きつけられる。だから、これ以上見てはダメだと言い聞かせていたのに…。『星月夜』は、こんな風に世界が見えることを深く受容し、別様の可能性を与えてくれた。

 

 あれから四半世紀ほど経過し、絵描きを夢見た少女はなぜか中学校教師になる。あの頃の「わたし」を忘れ、ただ命を消費するだけの忙殺した日々。そんな折に手にしたISIS編集学校のコースマップは、この先へ行けば何かを取り戻せるのでは?と問いかけているようだった。

 

コースマップ

イシス編集学校パンフレットより

 

 入門から3年。気づけば[ISIS花伝所]で錬成師範もしている。

「この先」には何があったのだろう。

 

 [守][破]を通過すれば、[離][遊][花]へ進むことができる。知れば知るほど未知に出会い、その奥へ向かいたくなるのが編集学校の魅力の一つだが、それは、学び手であった学衆時の圧倒的な学習体験が根幹にある。師範代は、魔法のような言葉で学衆の学びを描き出す。自分でさえ気づかなかった可能性に光を当てられ、学衆はさらなる学びの奥へ自ら進むことになるのだ。そこには、学校現場で重視されている自立した学習者の育成に欠かせない学びのシステムがすでに構築されているようだった。教師である私ですら、義務教育の中で思うように体験できなかった学ぶ喜びがあった。ならば今度は自分の授業で再現したいと思い、進んだ先に[花伝所]は存在していた。

 

 編集コーチを養成する[花伝所]では、師範代候補生となる入伝生が花伝式目「5M」の演習を通して回答から回答者の思考プロセスを読み解き、それを回答者に明示的に言葉でフィードバックすることをひたすら鍛錬する。多くの入伝生は、演習と錬成を重ねるうちに、同じ回答が全く違うもののように見える瞬間を味わう。するとそれまでの評価が動き出し、不足ばかりでどうしようもないと思っていた回答がキラキラと輝き出すのだ。師範代はその輝きを評価の言葉として紡ぎ、回答者へ手渡していく。思いがけない評価に回答者は自分の扉を知らず知らずのうちに開いていくことになるのだ。

 

花伝式目「5M」

 

 同じく学びの場である教育現場での評価はどうだろう。中学校では「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」といった3観点(スジ・ハコビ・カマエと言い換えられる)の評価を行うが、アウトプットは数値である。

 

各観点の評価は、評価基準の達成率によりA・B・Cで記し、組み合わせにより5・4・3・2・1の評定を付ける。

 

 例)

39%以下はC「努力を要する」、40%~84%はB「おおむね満足できる」、85%以上がA「十分満足できる」

AAA=5、AAB=4、ABB=3、BBB=3、BBC=3、BCC=2、CCC=1。

※達成率と評定の組み合わせは、各学校で定める。

 

 7月上旬、3学期制をとる中学校教師の多くは、この評価で頭を悩ませることになる。私は、何百人もの子ども達のスコアを見て自問する。Aの数や数字だけで評価し評価される子ども達を育てていないだろうか? この奥に広がる物語をどれだけ見える形として子ども達に示すことができているだろうか? 

 

 私の担当する美術の授業では、描かれた結果である作品の評価だけでなく、どのように考えそのような表現となっていくのかを取り出し受容しながら手渡すことを心がけている。制作過程で何度もフィードバックされ、その中で生まれる対話は、子どもだけでなく時に教師の身にも刺さり、A・B・Cといった閉ざされた評価では終わらない可能性を互いの胸に灯す瞬間を与えるのだ。たとえ目指す評価に至らなかったとしても、自分の地に深く根ざす体験から感じ取った価値は、次へ進む原動力となるはずである。だから、学校現場のあちこちで、閉ざされた評価に左右されない冒険的な物語へ向かう評価の言葉を注ぐことのほうが大切なのである。

 

 第39期[ISIS花伝所]では、7週間の式目演習を終えた師範代候補生達がトレーニングキャンプの真っ盛りだ。毎期お題が変わるグループワークでは、なんと初のヴィジュアルお題が出題された。とある美術館の特別企画の依頼を受けた師範代候補生達が、クライアントも気づいていなかった意外な関係線を引き出し、これまで伝わりきれていなかった価値を、[守][破]の編集稽古と花伝式目「5M」を実践しながら表出していく。

 

 テキストだけで交わされる対話の中で師範代候補生が紡ぐ言葉は、今宵のキャンプ場にどのような星月夜を描いてくれるのだろう。

文 大濱朋子

 

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  • イシス編集学校 [花伝]チーム

    編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。

コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。