この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

◉[序の序] イシスのトキワ荘?
多読ジムSeason9 が終了して3日後。「ご自身が書き上げた三冊筋プレスを、さらに推敲して遊刊エディストに掲載しませんか?」とお誘いがあった。
ホイホイと多読エディストラウンジに来てみたら、十数名が横並びでバリバリ推敲する、まさに「トキワ荘」かと見間違える環境だった。
拙文「【三冊筋プレス】ココロの隠し立ては青いふところ(大沼友紀)」の推敲をすすめる最中に「ご自身のすすめる『ヨットロック』のプレイリストをInfo(追加情報)としてつけてもいいですね」とアドバイスを頂く。
とはいえ、単なるプレイリストは面白くない、と天邪鬼に構想試作してみるうちに「三冊筋プレスの形式で書けるのでは?」と気づく。
ここに、三冊筋のスピンオフ版「三曲筋プレス」がうまれました。
◉[序] 「ヨットロック」のらしさ
「ヨットロック」は、柔らかいジャンルだ。
ヨットロックっぽいR&B を「ヨットソウル」と呼んだり、ヨットロックぽいけど若干異なるものも「ニャットロック(Nyacht Rock)」と呼んで傍らに置いておく。ふところが深い。あるいは、ぬるい。
ヨットロックの楽曲から3曲を選んで、それぞれに関係する3曲(ヨットロックでないものもあるが)をクエストしてみる。
◉楽曲をまねぶ 「愛ある限り」/キャプテン&テニール(*1)
ダリル・ドラゴンとテニ・トニール夫妻の男女デュオキャプテン&テニールが1975年にリリースした「愛ある限り」。この曲にインスパイアされなければ、マイケル・マクドナルドが1979年に発表したドゥービー・ブラザーズの「ある愚か者の場合」(*2)がうまれなかった。
「知ってるかい、ダリル、きみはぼくが<ホワット・ア・フール・ビリーヴス>を書くきっかけになった男なんだ。ほら、<愛ある限り>と感じが似てるだろ?」と言っていたよ、と書籍『ヨット・ロック』で、ダリルはマイケルに会ったときのことを話している。
「愛ある限り」は実はカバーソング。原曲はニール・セダカが1973年にリリース(*3)している。さらに、この曲にも元となる楽曲がある。ビーチ・ボーイズが1968年に発表した「ドゥ・イット・アゲイン」(*4)からインスパイアされたものだ、とニール自身がコメントしている。
真に独自性のあるものは「いかに真似されやすいか」なのだ。
アルバムリスト:
*1「愛ある限り(Love Will Keep Us Together)」/キャプテン&テニール(Captain & Tennille)のファーストアルバム。
*2「ミニット・バイ・ミニット(Minute By Minute)」/ドゥービー・ブラザーズ(Doobie Brothers )。「ある愚か者の場合(What A Fool Believes)」を収録。
*3「The Tra-La Days Are Over」/ニール・セダカ(Neil Sedaka )。「愛ある限り」を収録。ヨットロックではない。
*4「20/20 」/ビーチ・ボーイズ(Beach Boys)。「ドゥ・イット・アゲイン(Do It Again )」を収録。ヨットロックではない。
◉別カルチャーと遊ぶ 「ジョジョ」/ボズ・スキャッグス(*5)
『ジョジョの奇妙な冒険』は、登場人物名や彼らの使う能力(スタンド)の名称などをバンドやミュージシャン名、楽曲名をもとにして数多くつけている。ヨットロックでの例をあげると、第3部に登場する敵の1人「スティーリー・ダン」(*6)が、能力名に第7部の主人公の1人ジョジョのスタンド「タスク」(*7)がある。
まさにタイトルにも主人公の愛称にも含まれているのが、1980年にリリースしたボズ・スキャッグスの「ジョジョ」。
「ジョジョ」の由来は、ビートルズの「ゲット・バック」(*8)の歌詞から引用している。作者の荒木飛呂彦と大槻ケンヂとの対談に記録がある。この歌詞のジョジョはジョン・レノンだ、という説もある。
第6部の冒頭で、主人公(空条徐倫)は無実の罪を被せられるが、その罠をかけたのは彼女の恋人だった。ボズの曲の歌詞にあらわれるジョジョは、金持ちで優男で女ころがし(娼婦の元締めとも)。やんわりイメージが重なる。
ところで、ボズは「自分の音楽をヨットロックに当てはめられることが大嫌いだね」とコメントしている。
アルバムリスト:
*5「ミドル・マン(Middle Man)」/ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)。「ジョジョ(Jojo)」を収録。
*6「ガウチョ(Gaucho)」/スティーリー・ダン(Steely Dan)。登場人物が使用するスタンド名「恋人(ラバーズ)」を連想させるジャケット。
*7「タスク(Task)」/フリートウッド・マック(Fleetwood Mac )。結成当初はずぶずぶのブルースだった。徐々に転身して本作はヨットロック。
*8「レット・イット・ビー(Let It Be )」/ビートルズ。「ゲット・バック(Get Back)」を収録。ヨットロックではない。
◉歴史をたばねる 「ヒューマン・ネイチャー」/マイケル・ジャクソン(*9)
キング・オブ・ポップのマイケル・ジャクソンとヨットロックの歴史を並べてみると興味深い。
1963年
マイケル、ジャクソン5に加入。
1969年
ジャクソン5、モータウンからアルバム「帰ってほしいの」*10でメジャーデビュー。
1972年
モータウンがデトロイトからLAに拠点を移す。これにより、ヨットロックを生む礎ができる。
1976年ボズ・スキャッグスのアルバム「シルク・ディグリース」*11に参加したスタジオ・ミュージシャン3人を中心として、TOTOを結成。
1983年
「聖なる剣」/TOTO*12がグラミー賞最優秀アルバム賞を獲得。「ヒューマン・ネイチャー」はTOTOのメンバーが作曲し、レコーディングもスタジオミュージシャンとしてサポートする。
1984年「スリラー」/マイケル・ジャクソンがグラミー賞最優秀アルバム賞を獲得。
2005年
ドラマ『ヨット・ロック』配信。とりわけマイケルと「スリラー」をネタにした第5話が好評であった。
2009年マイケル死去。
2010年ディスコ~ブギーリバイバル。
マイケルの死去により、改めて何度も彼の曲を聞く旧リスナーだけでなく、新しいリスナーも増えた。このことは、ヨットロック復活の遠縁であるように思える。
アルバムリスト:
*9「スリラー(Thriller)」/マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)。「ヒューマン・ネイチャー(Human Nature)」を収録。
*10「帰ってほしいの(Diana Ross Presents TheJackson 5 )」/ジャクソン5。ヨットロックではない。
*11「シルク・ディグリース(Silk Degrees)」/ボズ・スキャッグス。ボズの代表曲の1つ「ウィ・アー・オール・アローン(We’re All Alone)」収録。
*12「聖なる剣(Toto IV )」/TOTO。収録曲「アフリカ(Africa)」は全米シングル1位だが、ウィーザー(Weezer)が2018年にカバーした曲も全米1位になる。
Info
⊕多読ジム Season09・冬⊕
∈選本テーマ:青の三冊
∈スタジオゆむかちゅん(渡會眞澄冊師)
∈3曲の関係性(編集思考素):三位一体型
「愛ある限り(Love Will Keep Us Together)」/キャプテン&テニール(Captain & Tennille)
「ジョジョ(Jojo)」/ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)
「ヒューマン・ネイチャー(Human Nature)」/マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)
「生命に学ぶ」
↓
【楽曲にまねぶ】
・ ・
・ ・
【歴史をたばねる】・・【別カルチャーと遊ぶ】
↑ ↑
「歴史を展く」 「文化と遊ぶ」
※編集工学の仕事の作法をもどく。
⊕参考資料⊕
∈ブログ:まいにちポップス(My Niche Pops)
「ある愚か者の場合(What A Fool Believes )」ドゥービー・ブラザーズ(1979)
∈遊刊エディスト:マンガのスコア
∈ローリング・ストーン・ジャパン誌
ボズ・スキャッグスが語るAOR 黄金期、ブルースの再発見「ヨットロックは大嫌いだ」
∈フォーブス・ジャパン誌
波が似合う爽やかな音楽? 米音楽シーンで注目の「ヨットロック」とは
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:宮崎滔天
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。