山本直樹①規格外の人【マンガのスコア LEGEND06】

2020/06/12(金)13:31
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 イシス編集学校20周年ということで盛り上がっていますね。

 私が編集学校を受講したのは2008年の20守からなので、かれこれ十年あまりになります。何の気なしに受講し始めたイシスに、こんなにも深く関わることになるとは思ってもみませんでした。いつの間にか、こんなところでマンガの模写の連載をしているのですから、人生何があるのかわかりません。

 

 さて、「マンガのスコア」の連載も六人目にして、いよいよ問題含みの作家が登場します。

 今回取り上げるのは、第二回DONDEN祭(2018/11/22)のゲストに来ていただいた山本直樹先生です。

 

 山本直樹は、いろいろな顔を持っているマンガ家で、森山塔というペンネームでも、たくさんの作品を描いておられます。それがどういう作品か知りたければ、是非『森山塔選集』(復刊ドットコム・全2巻)をお買い求めの上、確認されるとよいでしょう。そして、それを読んで「むむっ、これはケシカラン!」と思われたならば、つづいて『塔山森選集』(復刊ドットコム)に進まれることをオススメいたします。

 山本直樹は、青少年保護育成条例の有害コミック指定を受けた前科持ちであると同時に、文化庁メディア芸術賞受賞者でもあります。この二つの栄誉を、ともに保持しているマンガ家は、マンガ界広しといえど山本直樹先生ただ一人でしょう。

 あらゆる意味で規格外である山本直樹を、世間もどう扱っていいのか途方に暮れているようです。DONDEN祭に来られた方はご存じのとおり、山本先生はいついかなるときも山本先生で、スクリーンいっぱいにエロチックな場面を映しながら、いたって冷静に解説される姿には驚かされました。

 あれと同じことを山本先生は、天下のNHKでもやっております。2017年、NHK・Eテレ「浦沢直樹の漫勉」にご出演された山本先生は、よりによって、なんでこんな場面を、というような絵を使って、こだわりの解説を繰り広げました。それを通したNHKの方も凄いと思いますが。

 今回は、そんな山本先生の作品の中から『安住の地』を模写してみようと思います。

山本直樹「安住の地」模写

(出典:山本直樹『安住の地2』p163小学館)

 

 実はこの作品も、けっこう際どいシーンがてんこ盛りなのですが、さすがに腰が引けてしまい、当たり障りのないシーンを選んでしまいました(スミマセン)。

 山本直樹は、『ありがとう』(94~95年)の途中から【マックを使った作画】をしはじめ、95年頃からは、アシスタントを使うのもやめて、【すべて一人で描く】ようになっていたようです。マックを使用する意図についても、かなり自覚的で、新しい作画ソフトが出てきても手を出さず、【白黒二値の原始的なソフト】のままで作画を続けているそうです。

 今回は山本先生のマックタッチを再現するためにボールペンで描いてみました。

 それにしても、このマンガの線は、【印刷解像度の限界ギリギリに挑戦しているほどの細さ】で、老眼の進んでいる私などは、暗いところではよく見えません(笑)。

 山本タッチは、【少女マンガのような細くて硬い線】に特徴があります。実際、山本先生は、若い頃、少年マンガよりも【萩尾望都】や【大島弓子】などの少女マンガを好んで読んでいたとか。

 パソコンで描いているせいもありますが、【線に念がこもっていない】というか、とても突き放したような【クールさ】があります。【女の子の黒目がとても小さい】ですね。これだけで山本直樹っぽくなるのが面白いところです。男性の髪の毛は難しかった…。線と線の間隔をあまり狭めずに、ところどころつなげて描いたりして、【独特の質感】を出していますが、あまり上手くないですね。

 

 DONDEN祭のトークで山本先生は、ナマ原稿にGペンで作画するのは、名人の筆さばきのようなもので、「一発でコレ、という線が引けないと駄目だ」と仰っていました。自分にはそれが出来ないので、パソコンで描くようになったのだとか。(とはいえ、山本先生といえば、そうとう絵の達者な人です。その上、過酷な週刊連載を長期にわたって続けてこられた人なので、線が引けないというのは、多分に謙遜が入っているのでしょう。)

 

 山本直樹のデビューは1984年、自販機本です。そのときのペンネームは森山塔でした。それから数カ月もしないうちに、一般誌の方でも山本直樹としてデビューしています。当初は二足のわらじで活動していたのですが、山本直樹の仕事があまりにも忙しくなり、二年余りで森山塔は封印されてしまいました。

 その短い期間に森山塔は、多大な足跡を残しています。当時ブームになりつつあったロリコンマンガでもなく、昔ながらの劇画調でもない、リアルでなまめかしいタッチがウケて、森山塔の単行本はバカ売れしました。その一方で、大手出版社小学館の看板作家としても活躍していきます。

 そんな山本直樹が新たな転機を迎えるのが90年代半ば以降。

 作画にマックを導入し、アシスタントを排して一人で描きはじめた頃から、作風に独特の深みが生まれ始めるのです。

 次回は、山本直樹の新たな局面を開闢することになる『レッド』その他の作品について取り上げてみようと思います。

 

 

◆◇◆山本直樹のhoriスコア◆◇◆

 

【マックを使った作画】86 hori

作画にパソコンを使うのは、今では主流と言っていいぐらい普及してしまいましたが、山本先生は、めっちゃ早かったですね。

 

【すべて一人で描く】73 hori

マンガは人海戦術でガンガン描いていくのが、長らく一般的フォーマットとなっていましたが、最近は一人で描く人も多くなってきていると聞きます。

 

【白黒二値の原始的なソフト】52 hori

普通はグレースケールが搭載されているのですが、山本先生は「マンガの絵にそれは必要ない」というポリシーです。一理あると思います。

 

【印刷解像度の限界ギリギリに挑戦しているほどの細さ】92 hori

『安住の地』は特に極端ですね。『レッド』他、最近の作品は何パターンかの線の太さを使い分けていますが、『安住の地』は、ほぼ全編にわたって極細。画面が真っ白です。

 

【少女マンガのような細くて硬い線】61 hori

週刊連載時代は、ある程度妥協して青年マンガらしいタッチで描いていたそうですが、もともと強弱の強い線は好きじゃなかったようですね。

 

【萩尾望都】76 hori

24年組の代表格。次回取り上げる予定。非常に硬質な線のタッチが山本先生好みなのかも。

 

【大島弓子】67 hori

24年組の異端児。この人の線は柔らかくてふわふわしていますよね。軽やかさが山本先生の琴線に触れたのか?

 

【線に念がこもっていない】55 hori

粘度の高い絵柄とストーリーに対して、この突き放した感じが絶妙のブレンドをなしています。

 

【クールさ】80 hori

対象に埋没しないところが、フツーのエロ系マンガ家と違うところ。

 

【女の子の黒目がとても小さい】67 hori

黒目の小ささが、またクールさを際立たせています。初期の高橋留美子も黒目が小さかった。80年代の香りがします。

 

【独特の質感】92 hori

マックで作画するときに線を梳いていったりしているんでしょうかね。この不思議な質感は、私の模写では出せなかったので、ぜひ現物をあたってみてください。

 

マンガのスコア LEGEND06山本直樹②恐怖のマイナンバー

 

「マンガのスコア」バックナンバー

 

アイキャッチ画像:山本直樹『安住の地2』小学館

  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。