【太田出版×多読ジム】坂下さんに贈りたい乙女のバイブル(鹿間朋子)

2022/08/12(金)10:00
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多読ジム出版社コラボ企画第一弾は太田出版! お題本は「それチン」こと、阿部洋一のマンガ『それはただの先輩のチンコ』! エディストチャレンジのエントリーメンバーは、石黒好美、植村真也、大沼友紀、佐藤裕子、鹿間朋子、高宮光江、畑本浩伸、原田淳子、細田陽子、米川青馬の総勢10名。「それチン」をキーブックに、マンガ・新書・文庫の三冊の本をつないでエッセイを書く「DONDEN読み」に挑戦しました。


 

付き合うのは面倒臭い

 「私は先輩のチンコを手に入れた」。片想いにときめく普通の女子高生が、大好きな先輩のチンコを切り落としてペットとして飼い始める。『それはただの先輩のチンコ』、ギョッとするタイトルに反して、チンコが切断できる、再生可能という設定以外はいたって普通、いや、とっても可愛い、ほのぼのとした世界だ。だからこそ、クスっと笑いながらも、思春期の女の子たちを通して、恋とは何か、愛とは何か、根源的な問題に深く考えさせられる。
 チンコと本体、分けると分かる。チンコが恋する乙女にとって大切なのはどっち? 
 本体と付き合うのは面倒臭いと言い切るD組の佐々木さん。確かに。本当にいろいろ面倒臭い。チンコだけならシガラミなく愛玩できる。
 チンコと本体のアイダに様々な条件が付加されることによって、次々にココロとカラダの間に潜んでいた問題が浮き上がる。チンコが再生しなくなった場合、本体かチンコか二者択一を迫られる。本体が亡くなってしまった時、初めて本体の存在価値に気がつかされる。
 坂下さんも佐々木さんも自分なりの回答への道筋を模索し前進する。恋愛に唯一無二の絶対的正解など、ない。だから誰もがみな、迷いながらも自分が納得できる答えを導き出し、覚束なくても一歩一歩、重ねていっている。私もすっかり恋する女子高生モードになって、物語に引き込まれ、胸がギューっと痛くなる。


乙女のバイブル

 そもそも、なぜ人類には男と女がいるのだろう。米原は、生物界ではセックスなしで生殖できる生き物がたくさんいる。ただ、メスだけでの生殖だと、単なるコピーになってしまう。だから、存続そのものではなく、人類が進化、変化していくために男を要する選択をしたのではないかとの仮説を提起している。つまり、面倒くさいはずの「本体」という個性、異質なDNAを必要としたわけだ。
 種の保存という役割においては、まったく異質な男と女。ならば、いっそ最初から、簡単に分かり合える、完全に理解し合えると思うことを諦めて、異国人としてコミュニケーションを図れば、少しは付き合いやすいのではないだろうか。
 凄腕ロシア語通訳の米原は、言語も文化も異なってもお互いに分かり合いたいと願う人の間を仲立ちし続けた。彼女は、人間の心の振動は、別な人間の心の振動と共鳴し合うと、より深くより大きく喜怒哀楽を味わえると感じてきたそうだ。付き合うのは面倒だとチンコを収集してきた佐々木さんも、心のぬくもりが欲しくなったと全てのチンコを手放し、意中の人に告白した。そう、心が寄り添いあう時、分かり合う時、胸が温かくなる。
 米原は、人間は常にコミュニケーションを求めてやまない動物だと確信していた。心の触れ合いを知る彼女の経験や知恵は、男と女の異文化交流、チンコと本体の間で悩む乙女のバイブルになるだろう。    


「好きです……!!」

 恋文の見本といえば『和泉式部日記』。LINEのように交わされた歌に、理解と誤解の間を揺れ動く想いが溢れている。時代も通信ツールもまったく異なっても翻弄される恋心は変わらない。
 恋愛はハッピーエンドばかりではない。和泉式部は恋多き歌人として知られるが、その数だけ別れを経験している。最初に結婚した人とは離別し、愛した人とは2度死別。『和泉式部日記』は死別した恋人の弟宮敦道親王との出会いから、式部が宮邸に迎えられ、宮の北の方が宮邸を去るまでの約10ヶ月を描いた日記風歌物語だ。その恋もたった3年。弟宮も僅か27才でこの世を去った。
 短い文章に147首もの歌。弟宮が花橘の枝を届けた時から、恋に落ちたり、結ばれたり、シガラミが気になって距離を置いたり、拒絶したり、嫉妬して誤解したり。それでも惹かれ合う想いを託した歌が2人の物語を進行させる原動力となっている。つまり、歌(言葉)を交わさないと物語はまったく進まないのだ。

 

薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばや同じ声やしたると  和泉式部

 

 橘の花を受け取った時、式部も愛を育めると確信を持っていた訳ではないだろう。しかし、少しの勇気と返事を出した。すると、打てば響くように即レス。

 

同じ枝に鳴きつつをりしほととぎす声は変らぬものと知らなむ  敦道親王返歌

 

 平安時代もLINEと同じ。話をしないと始まらない。話が弾まないと続かない。テンポと共感が愛の分かれ道。式部も坂下さんもシガラミとココロのはざま、チンコと本体のアイダで足掻きながら、想いを言葉に絞り出す。
「好きです……!!」。夢よりもはかない世の中だからこそ、その刹那の“確かな気持ち”が胸の奥に響く。

 

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕
∈『それはただの先輩のチンコ』阿部洋一/太田出版
∈『米原万里の「愛の法則」』米原万里/集英社新書
∈『和泉式部日記』和泉式部/講談社学術文庫

 

⊕ 多読ジムSeason10・春 

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ

∈スタジオゆむかちゅん(渡會眞澄冊師)

 

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。