元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた #08――「びしゃ」

2025/02/15(土)08:45
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 [守]の教室から聞こえてくる「声」がある。家庭の中には稽古から漏れ出してくる「音」がある。微かな声と音に耳を澄ませるのは、秋に開講したイシス編集学校の基本コース[守]に、10代の息子を送り込んだ「元師範代の母」だ。

 わが子は何かを見つけるだろうか。それよりついて行けるだろうか。母と同じように楽しんでくれるだろうか。不安と期待を両手いっぱいに抱えながら、わが子とわが子の背中越しに見える稽古模様を綴る新連載、題して【元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた】。第8回目のオノマトペは「びしゃ」。なにごとだ?


【びしゃ】

「びしゃり」に同じ。「びしゃり」は「ぴしゃり」よりやや激しく、重い感じをいう。

(1)平たいものを強く打つ音や戸、障子などを手荒くしめる音などを表わす語。

(2)水けのあるもの、やわらかいものなどが、つぶれるさまを表わす語。

(3)水、泥などがはねるさまを表わす語。

(4)手きびしく、高びしゃに断わったり、言い切ったりするさまを表わす語。

(5)瞬間的に、一分たがわずに決定するさま、ちょうどおさまるさまを表わす語。

(『日本国語大辞典』)

 

 長男が編集稽古を始めるようになって母の気持ちは明らかに変わった。どう変わったかというと、「回答している」と言われることに弱くなった。これまでは、やるべきことがスムーズにいかないと、「んなもん後でいいでしょっ!」っと問答無用だった。でも今は、「あら、そう?」と様子をみようとする母がいる。母は何かに寛容になったのだろうか。はて。長男にも何か変化はあったのだろうか。夕食後に、インタビューしてみた。

 

「編集稽古も残り3題になりましたね。今の気持ちをお聞かせください」

「早く東京に行きたいです」

 

 無事に卒門できたあかつきには、感門之盟(=東京)に行こうと話をしていたのだ。もうすでに、その先をみているのか? いやいや違う。中学生は都会に憧れているのだ。最近はニンジンをぶら下げながらの稽古になっているのではないかと訝しみながら、もう少し突っ込んで今の気持ちを聞いてみた。

 

「そういえば、編集稽古が始まった頃、自作ゲームのネーミングをチャットGPTに聞いていたよね。今回のネーミング編集はどうだった?」

「面白かったよ。何かに名前をつける遊びっていうのは、いくつになってもやるからね」

 

 予想外の答えにどきっとした。「いくつになっても」って、おぬしは自分をいったい何歳だと思っているのだ。

 

「へぇー、日頃からやってんだ」

「うん。たとえば、給食の献立をフレンチ風に改名したり。ナントカを添えてとかやるよ」

 

 なるほど、らしさの編集ね。長男は等身大の日常と繋げながら、編集稽古を無意識にやっているようだ。しかも、これを遊びだと思っているところがステキだ。母はネーミング編集をそんな風に考えたことはなかったので、思わず親バカの反応になる。

 

「じゃあさ、思考の過程を振り返って聞かせてよ。今回は何について回答したの?」

「なんだったっけ、『水をかけると涼しくなるワイシャツ』とか」

 

 【035番:ネーミング編集術】は、世の中にはない商品に、これまで学んだ編集術を使って名前をつけるというものだ。お題にはシャツの他に、合計10の商品があり、その中から3つ選んで名前をつける。

 

「回答に至るまでに、どんなこと考えたの?」

「えっとねぇ、まず、水を想像するでしょ」

「うんうん、連想シソーラスね」

「水といえば、プール。だから、シャツの機能と合わせて『着るプール』」

 

 ほ〜う。バカンスのようなプールを想像するか、ジムのようなプールを想像するかで、商品であるシャツの印象も変わりそうだ。ということは、シリーズ化も可能。

 

「それから、水の擬音語」

オノマトペね。直前のお題を活かすなんてやるなぁ」

「ふふん。ビシャっていう音とシャツを組み合わせて、『ビシャッツ』」

「あはは、おもろ〜い。でも、涼しさはどこに?」

「ま、もう回答送ったから、しゃーない」

(切り替えのはやさよ)

「他にはどんな?」

 

 長男と編集稽古の話ができる日が来るとは思わなかった。話をしていると、長男は編集の型を数学の公式のように使っている。公式の正体を正確にわかっていなくても、これにはめれば解けるというゲーム感覚だ。頭だけで理解しようとすると思考が停滞してしまうことはよくある。まずはやってみる、使ってみる。たとえ外れたとしても、ズレたところから思わぬ発見があるかもしれない。そうやって思考が滞らないように、循環させ続けることで「ハッ」っとする時、いや、「ビシャ」っとハマる時が来るのだから。

 

 卒門へのカウントダウンをしながら、ついにここまで来たのかという思いと、その向こうの楽しみを想像しながら話す長男の表情は、いつになく楽しそうだった。身についた力と、たとえそれが今は何なのか、はっきりとわからなくても、これまでと違う何かを感じているのだろう。

(文)元・師範代の母

 

◇元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた◇

#01――かちゃかちゃ

#02――ちくたく

#03――さくっ

#04――のんびり

#05――うんうん

#06――いらいら

#07――ガタンゴトン

08――びしゃ

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。