元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた #07――「ガタンゴトン」

2025/02/03(月)09:41
img CASTedit

 


 [守]の教室から聞こえてくる「声」がある。家庭の中には稽古から漏れ出してくる「音」がある。微かな声と音に耳を澄ませるのは、今秋開講したイシス編集学校の基本コース[守]に、10代の息子を送り込んだ「元師範代の母」だ。

 わが子は何かを見つけるだろうか。それよりついて行けるだろうか。母と同じように楽しんでくれるだろうか。不安と期待を両手いっぱいに抱えながら、わが子とわが子の背中越しに見える稽古模様を綴る新連載、題して【元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた】。第7回目のオノマトペは「ガタンゴトン」。母子は、普段乗る機会のない電車に乗った。


 

【ガタンゴトン】

電車・汽車がつぎ目ごとに音を立てながら走り続ける音。

『「言いたいこと」から引けるオノマトペ辞典』(西谷裕子/東京堂出版)

 

 12月下旬、第2回番選ボードレールが始まった。秋開講の[守]では、年またぎ番ボーが恒例だ。元・師範代の家では、年末年始帰省旅行が恒例だ。二つの予定が重なった。

 スマホを持っていない長男は、旅行期間中に自分のディバイスで回答することができない。しかし、元師範代の母は、師範代が番ボーによせる想いに共感できる。長男には旅行中も番ボー回答を続けてほしいと思っていた。それに中学生は何かと忙しい。旅行中だからと回答が止まれば、その後のスケジュールに少なからず影響がでてくる。コンスタントに進める癖もつけてもらいたい。長男には旅行中も母のMacBookを使って、回答するように話していた。

 

 出発の朝、長男はパソコンの前で何やらブツブツ唱えている。どうやら、母のパソコンからエディットカフェへログインするために、パスワードを覚えているらしい。母はすぐにメモ(スマホ)するが、長男はすぐに暗記する。プログラミングやゲーム作りなど日常的にコンピュータを使うのに、原始的な行動をするアンバランスさが新鮮にみえた。そういえば、旅先でレンタカーを借りても、母はナンバーを写真にとり、長男は脳に記憶する。何かに機能を代行させ、自らの機能を使わなければ衰えていくのかとドキッとした。

 

 石垣島から福岡への帰省旅行では、子ども達の行きたい場所も予定にいれた。前半は実家へは泊まらず宿をとり、久しぶりの外食も楽しんだ。長男は時折「回答やだな」と口にしていたが、2日目の夜には母のパソコンを開く。母は疲れて先に寝てしまったが、夜中までお題に取り組んでいたらしい。

 

 次の日は移動で特急電車に乗った。自由席を確保するため、30分ほど余裕をもって駅のホームで並んでいる時のことだ。

 

「しもばしらとげっこーってどうしたらいい?」

「?」

「ねぇ、どう思うかって」

「霜柱って石垣じゃ見られないよね。寒い日に地面から水分が立ち上がる時に固まる白いやつだよ。踏んだらザクザクっていう。見たことなかったっけ?」

「もお、それはわかるって」

 

 長男の伝えたいことがわからず、母はけげんな顔になるが長男はかまわず続ける。

 

「突き刺さる霜柱・包み込む月光なんてどう?」

 

 ここまで言われて、やっとお題の話だと理解する元師範代の母。54[守]学衆の長男は、電車を待ちながら昨晩の続きを考えていたらしい。同じ【地】にいなければ、通じ合えない会話だ。

 

 第2回番選ボードレールお題は【025番:ミメロギア】である。「ミメロギア」は、古代ギリシア時代にまとめられた3大編集技法の中の、「ミメシス」(模倣性)と、「アナロギア」(類推性)を合わせた造語で、松岡校長が考案した編集ゲームだ。二つの全く関係なさそうな言葉の「類似」と「対比」を際立たせ、新しい関係を見いだす。例えば、夏目漱石と森鴎外では「チョークの漱石・チョーシンキの鴎外」「出席をとる漱石・脈をとる鴎外」というようにだ。

 

「いいねぇ。同音から始まる動詞で揃えたのもいいし、雰囲気掴んでるんじゃない。じゃあ、この雰囲気を物にたくしてみたらどうなる?」

「あー、ナイフの霜柱・風呂敷の月光とか?」

「そうそう。らしさも感じられるよね。そんな感じで、いろいろ言い換えてみたら」

 

 待ち時間に始まった予想外の編集稽古がみょうに嬉しい。電車に乗り込むと、長男はパソコンを開き、これまでの回答をまとめ始めた。ガタンゴトンと揺られながら、電車特有の浮遊感の中で、かちゃかちゃとキーボードを叩く。乗り物や場所が変わると、考え方や物の見え方も影響を受ける。母は常にそう感じるが、長男はどう思っているのだろう。「お母さん、はい。ありがとう」。そう言ってパソコンを母へ返した後、長男は窓の外を眺めていた。

 

 旅行の後半に、もう一度電車に乗る機会があった。長男はその時も母のパソコンを借りてきた。せっかくなので、別院(※)のお題にも回答するように話す。これまで何度も別院お題にも回答するように伝えていたが、いつもお茶をにごされていた。しかしこの日は少し違った。

 

「この中(別院のお題)の一つをミメロギアすればいいんだよね。うーん、……できた! 速度のロケット・進化のAI。いや、違うな……」

 

 ぶつぶつ言いながら別院お題のミメロギアを考えたあと、教室にも再回答を投稿した。

 

 ガタンゴトン。

 

 窓の外は、いつもと違う景色が広がっていた。

(文)元・師範代の母

 

※別院:その期の学衆全員と師範、師範代、番匠、学匠、学林局、先達の師範・師範代が参加する場所で、教室を越えた交流が行われる。

54[守]では、第2回番ボーに合わせて、年越しイベント「ミメロギア神社」というイベントが行われていた。

 

◇元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた◇

#01――かちゃかちゃ

#02――ちくたく

#03――さくっ

#04――のんびり

#05――うんうん

#06――いらいら

#07――ガタンゴトン(現在の記事)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

  • 『ケアと編集』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。 さて皆 […]

  • 寝ても覚めても仮説――北岡久乃のISIS wave #53

    コミュニケーションデザイン&コンサルティングを手がけるenkuu株式会社を2020年に立ち上げた北岡久乃さん。2024年秋、夫婦揃ってイシス編集学校の門を叩いた。北岡さんが編集稽古を経たあとに気づいたこととは? イシスの […]

  • 目に見えない物の向こうに――仲田恭平のISIS wave #52

    イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 仲田恭平さんはある日、松岡正剛のYouTube動画を目にする。その偶然からイシス編集学校に入門した仲田さんは、稽古を楽しむにつれ、や […]

  • 『知の編集工学』にいざなわれて――沖野和雄のISIS wave #51

    毎日の仕事は、「見方」と「アプローチ」次第で、いかようにも変わる。そこに内在する方法に気づいたのが、沖野和雄さんだ。イシス編集学校での学びが、沖野さんを大きく変えたのだ。 イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変 […]

  • 『NEXUS 情報の人類史 下』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。  歴 […]

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。