元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた #03――さくっ

2024/12/03(火)08:30
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 [守]の教室から聞こえてくる「」がある。家庭の中には稽古から漏れ出してくる「」がある。微かな声と音に耳を澄ませるのは、今秋開講したイシス編集学校の基本コース[守]に、10代の息子を送り込んだ「元師範代の母」だ。

 わが子は何かを見つけるだろうか。それよりついて行けるだろうか。母と同じように楽しんでくれるだろうか。不安と期待を両手いっぱいに抱えながら、わが子とわが子の背中越しに見える稽古模様を綴る新連載、題して【元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた】。第3回の「音」は「さくっ」。どんな稽古模様があったのでしょう。

 


 

【さくっ】

手際よく簡素な様子。

『「言いたいこと」から引けるオノマトペ辞典』(西谷裕子/東京堂出版)

 

 週末、子どもは、もうそろそろ寝る時間。元・師範代の母の家では、やたら「かちゃかちゃ」とパソコンの音がする。その音の発信源は他でもない、54[守]に入門し順調に回答をしている中学生の息子である。しかし、この「かちゃかちゃ」は回答をしている音ではない。

 

「お題はやった?」

「やったよ。011番は、興味あった。それよりお母さん、こっち来て、見て。はやく」

 

 母は編集稽古の会話を続けさせてくれないことに、多少不満を抱きつつ、長男のパソコン画面を覗く。そこには、長男自作のコンピューターゲームがあった。冒頭のかちゃかちゃという音は、彼が自分の作ったゲームを試している音だった。

 

「学校でも友達にやってもらったんだ」

「タブレットで?」

「うん」

「なんて、感想もらったの?」

「めっちゃ面白いって」

「ふーん」

「やってやって」

 

 長男は、最近Unityというゲーム制作プラットフォームで、ゲームを作ることにはまっている。数日前、彼が作ったゲームをやらされた母は、あまりの操作の難しさに「つまんない」と、元・師範代とは思えぬ言葉でバッサリと切り捨ててしまっていた。しかし、彼はめげずに編集を続けていた。

 

 長男が作っているゲームは対戦ゲームである。画面上に設置されたフィールドに上空から2つの駒が降りてきて、互いにぶつかりながら相手の駒を破壊したりフィールドの外へ落とすゲームだ。実世界では、ケンカゴマ → ベイゴマ → ベイブレード というように、呼び名を変遷している。

 

 ちなみに、今回長男が興味があったという【011番:ジャンケン三段跳び】は、旅や遊びといった言葉から【三間連結】と【三位一体】を取り出すお題だ。

 【三間連結】とは、先ほどの ケンカゴマ → ベイゴマ → ベイブレード のように、同じ【地(切り口)】を持つ情報が等間隔の順番になることである。お題文の中では、ホップ → ステップ → ジャンプ で説明している。

 【三位一体】とは、松・竹・梅のような、同じ【地(切り口)】のもと、同じ力で引き合う3つの情報のことである。ケンカゴマでいえば、木・金属・プラスチックという代表的な3つの素材が挙げられるだろう。いずれも、情報と情報とを関係づけるときの基本の「型」だ。

 

「ところで、011番はなんで興味があったの?」

「何も考えないでできたから」

「(んな、ばかな)……ちなみにどんな回答したん?」

「忘れた」

「(なんだとぉおおおお)」

 

 はぁ〜。

 パソコンに向かっている長男に、はぐらかされることはよくあるので、時間をおいて話を聞くことにする。しかし母としては、もっと編集稽古の会話がしたい。彼から出てくる言葉は母の知らないゲームやパソコン用語がほとんどだ。知らない言葉は宇宙語のように聞こえる。なんか悔しいので同じ【地】を共有できる話題をふってみた。

 

「ゲーム作りの三位一体は?」

「えー、めんどくさがらない・モチベーションを上げる・積極的にしらべる。かな」

 

 さくっと即答ですか。むむむ。おぬしが現在、気をつけていることだな。「モチベーションを上げる」は具体的にどんなことか、母も参考にしたいぞ。

 

「じゃあ、【三間連結】は?」

「構造 → プログラミング → テスト」

 

 これまたさくっと。ふむふむ。ゲーム作りスタートから、完成前(長男にとっての現状)までの三間連結だな。それにしてもα世代は、日本語とカタカナ英語が入り混ざっているようだ。回答の揃いの悪さではなく、いかに、日常でこれらの言葉が頻繁に飛び交っているのかがわかる。と、心の中で指南をする元・師範代の母であった。どうやら、お題の意味はわかっているらしい。

 

 長男は、耳と口は母との会話を続け、手と目はゲーム制作を続けていた。微調整を終えると、今度はゲームスタート画面のデザインをいじり始めた。数分前に「そのスタート画面、どうにかならないの」と、これまた元・師範代とは思えぬ母の言葉を気にしていたらしい。

 

「えっと、色は赤がいいから……、それからお母さんが言っていたように、フォントも大事だね。めっちゃイメージ変わるー。これかっこいい」

「うんうん。いいじゃん」

「でしょ〜。じゃあ、ここも」

「……(あれ?)」

 

 さくっ、さくっ。

 

 ――物事が前に進む音がする――

 

 お題の回答に対して、何も考えないでできたとか、忘れたとか、回答目安時間を使い切らないとか、元・師範代の母として気になることはたくさんある。だけど、何だろう。この軽やかな感じは。まずは、置いてみる。まずは、答えてみる。まずは、やってみる。彼は常に動いているではないか。大きなジャンプや逸脱はなくても、そうやって、動かし続けることは、情報が生きている証だ。編集稽古において一番大事なことではないか。

 何だか今日は、我が子にカマエを、教えてもらっているような気がするな。

(文)元・師範代の母

 

◇元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた◇

#01――かちゃかちゃ

#02――ちくたく

#03――さくっ(現在の記事)

#04――のんびり

#05――うんうん

#06――いらいら

#07――ガタンゴトン

 

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。