通勤はセーラームーンタイム――角田梨菜のISIS wave #40

2024/12/04(水)08:30
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

リモートワークが浸透し、通勤をやめたビジネスパーソンは多い。だが都心の企業でバックオフィス業務を担う角田梨菜さんは、リモートワークが可能な時でも出社派なのだという。編集的視点で見つけた、その理由とは。

イシス編集学校修了生による書き下ろしエッセイ「ISIS wave」をお届けします。

 

■■私が電車通勤する理由

 

新型コロナウイルスの影響でリモートワークが急速に広まったが、今の私はどちらかというと出社派だ。理由はいくつかある。

 

1つ目は通勤だ。リモートワークのメリットはもちろんあるが、私にとって通勤時間は、大切なセーラームーンタイムなのである。

電車という大きな箱の中には、これから仕事をするぞと同じ目的を持った人たちがたくさんいる。その人たちと一緒に揺れる時間は、私の闘争心をふつふつともやし、その日の仕事モード(戦闘モード)を作ってくれる。編集学校の稽古で、モード(文体)を変えると同じ内容の文章でも印象やメッセージががらりと変わることがあったが、それと同じだ。

 

私は戦いの場に向かう人たちに感化されながら、「家庭の中のまったりな私」から、「会社組織の中のメラメラな私」になるためのモードを作り上げ、着替えていく。女子学生 月野うさぎが、悪と戦うためセーラームーンに変身するように……。

 

2つ目の理由は、集中できる環境があるからだ。通勤電車でモードを変えるように、私は昔から良くも悪くも染まりやすい。幼少期の習い事も友達の楽しそうな雰囲気に流されて始めたり、受験勉強もみんなが一生懸命勉強をしている空気が好きで、家より断然自習室を利用していた。

職場でも同じように周りの熱量が、自然と私の仕事のリズムを加速してくれる。タイピングの音、お客様との話声、忙しいときの緊張感。戦闘モードの私は、注意のカーソルも鋭敏だ。

 

そして、出社派の最大の理由は、情報収集だ。リモートワーク中に送るテキストメッセージは、送信した相手にしか届かないが、オフィスの会話では、文字では流れてこない情報がこぼれてくる。

業務中に、社員の方々から様々な質問を受けることがあるが、同じワードでも聞く人の状況や立場によって、聞きたい内容やニュアンスが変わってくる。そのため、質問されたときには相手の求める回答ができるように、まずはできるだけ相手と同じ「地」を広げることを意識する。聞きたいことはこういうことだろうと、オフィスで収集した情報をもとに、同じ「地」を広げることで理解を深め相手の求めている回答ができるように心がけている。

私にとってオフィスと仕事は一筋縄では切り離せない場所なのだ。

 

▲帰途、月を見上げて変身を解く

 

1日の戦いが終わると、朝と同じ電車に揺られながらムーンプリズムパワーを解いていく。「メラメラな私」は「まったりな私」となり、平和な日常へと戻っていく。

セーラームーンこと月野うさぎは、普段はお転婆だが、変身すると悪に屈しない強い女性になる。軽やかに身を変えながらも、芯の通った強い女性。そんなセーラームーンは、私の「やわらかいダイヤモンド」である。日常と理想の同居するヒーローなのだ。

 

現在は私も妊婦となった。電車では本当は疲れているだろうサラリーマンなどに席を譲ってもらい、助けられながら通勤している。もうすぐ会えるちびうさもこんな風に、ささやかでも誰かの戦士であってほしい。

 

「染まりやすい」とは一見、確固とした自分がなく情けない印象がありますが、編集学校ではそう考えません。私はたくさんあったほうがいい、と見るのです。なぜなら「たくさんの私」こそが、情報をやわらかく捉え、物事の可能性を発見する土台になるから。角田さんは周囲の環境から微細な情報をキャッチし、セーラームーンな私や仕事に集中する私、サラリーマンの心遣いに感謝する私……と自在に変身しました。「電車で揉まれて仕事と家を往復する私」よりもはるかに面白く、イキイキした働き方だと思いませんか。

 

文・写真/角田梨菜(42[守]はじかみレモン教室)

編集/吉居奈々、角山祥道、大濱朋子

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。