ひそむデーモン・うねるタイド――染矢真帆のISIS wave #33

2024/08/10(土)07:53
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

「編集の引き出しを増やしたい」とイシス編集学校に入門した染矢真帆さん。フリーランスの編集・ライターである染矢さんは、基本コース[守]、応用コース[破]の受講と並行して、一冊の本を編集していた。

「型」はどう仕事に生かされたのか。染矢さんの編集稽古×仕事のエッセイをお届けします。

 

■■「サイケデリックス」の可能性

 

[守]の受講を決めたのは、ある書籍の編集に取り組み始めた時でした。書籍の題材は、「サイケデリックス」。「規制薬物」とか「カウンターカルチャー」と結びついたマイナスイメージから、忌避感を抱いているか、そもそも何を指しているのか見当もつかない、という人が多いかもしれません。かくいうわたしも、つい最近まで、全く未知の領域でした。本を作りたいと思うほど、その世界に魅了されたきっかけは、著者である蛭川立氏(人類学者・明治大学准教授)との出会いをとおして、次の2つを知ったこと。

 

・サイケデリックスはうつ病をはじめ、不安障害、トラウマ、依存症などの特効薬として欧米を中心に日本でも研究が進んでいる。
・サイケデリックスが安全かつ適切に利用できるようになれば、神秘体験が特定の宗教や教祖によらず日常生活者に開かれ、深い内省と自己受容から利他的な生き方へと変容できる。

 

「神秘を日常に」を本づくりの密かなテーマにしているわたしにとって、サイケデリックスに強い期待と可能性を感じたのはいうまでもありません。とはいえ、ただサイケデリックスを礼賛する本にはしたくない。まずは多くの人が抱いている偏見を解き、たくさんの人に興味を持ってもらえるような一冊にしたい。そう考えていたタイミングでのイシス入門だったのです。そして、本格的な編集作業を開始した時期に[破]に進んだことで、編集視点がスパーク! 特に「注意のカーソル」、「地と図」、「見立て」、「ミメロギア」は、煮え切った思考から新しい発想を生み出す突破口となりました。

 

 

これまでも、本を作る際には、想定する読者(地)に向けて、表現(図)を変えることはやってきましたし、表現方法は、「注意のカーソル」を働かせながら著者「らしさ」や取り上げる題材のもつ「らしさ」を見出すことも無意識のうちに行なっていたのだと思います。それが、自分のなかでひとつの「型」として使えるようになったことで、どこか曖昧だった編集工程の一つひとつが整い、より効率的に思考を働かせられるようになったのは、大きな収穫でした。

 

かくして、サイケデリックス作用をもたらす物質や植物を精霊に見立てた、哲学絵本『ゾルゲンキンドはかく語りき』が完成! サイケデリックスの不思議な神秘性と、著者が醸し出すシュールさ、そしてそのシュールさを支える深い哲学的な思索と芸術性が立ち上がる、ユニークな一冊になっています。

▲染矢さんが「型」を用いて編集した『ゾルゲンキンドはかく語りき』

 

「守」から「破」へ。それは、社会に潜む「デーモン」を、サイケデリック(潜在的なものを明らかに)し、新たな「潮流(タイド)」を生み出す、大胆な編集的旅路を支えるセットとセッティングとして機能したのでした。

 

染矢さん渾身の一冊を繰ると、見える見える、編集の型の痕跡のかずかず。エッセイに書かれた以外にも分類や編集思考素、モード編集、編集八段錦など、枚挙に暇がありません。[破]での学びも全編に活かされ、巻末には〈編集・イラスト 染矢真帆〉とあり、当該本の膨大なイラストを描いたのもご本人だと明かされます。タブー視されがちな分野に軽やかに挑み、好き=数寄を徹底する。染矢さんの姿勢こそもっともイシス的だと思えた黙示的な手仕事でした。


文・写真/染矢真帆(51[守]カルメンおいで教室、51[破]アスロン・ショーコ教室)
編集/羽根田月香、角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。