さらば、わかりやすいワタシ――中田ちひろのISIS wave #30

2024/05/29(水)07:52
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

中田ちひろさんは「わかりやすい」を求められる広告・広報の世界でずっと生きてきたという。ところが「読み書き」を上達させたいと入ったイシス編集学校の基本コース[守]で、これまでの人生がカワル体験をしたのだという。
その体験とは? 中田ちひろさんのエッセイをお届けします。

 

■■「わかりやすい」の請負人として

 

難しいことをわかりやすく伝えたい。
そんな青雲の志を抱いて日用消費財メーカーに入社したのが1986年。男女雇用機会均等法の一期生、センパイはいそいそお茶汲みを引き継いできた。広告媒体はテレビと新聞が王様で、会社のデスクは固定電話機だけ。


わかりやすい」。ここではこれほどの正義は他になかった。
カタカナをつかうと「団地の奥さんにそんな言葉がわかるのかっ」と偉いさんにドヤされる。TVコマーシャルでは、たったの30秒 or15秒で買いたくなってもらうため、「わかりやすい」はクリエイティブ評価の大前提。プレゼンテーションで、少しでも聞き手にギモンを与えてしまうと、ツッコミの嵐が吹き荒れ結論に辿りつかない。いつしか小学生にも理解できるような「わかりやすい」プレゼンがモットーになっていた。

ひたすら「わかりやすい」を量産し、33年のメーカー人生卒業。今は週3日の広報パートタイマー。ここでも社内報やニュースリリース、所謂「わかりやすい」の請負人。

カイシャのため、ヒトのため「わかりやすい」はおまかせください。これが私の生きる道。

 

そんなワタシがISIS編集学校に入ったのは
・もっともっと読み書き上達したい
編集力チェックで、やたら褒めちぎられ調子にのった
そんなところ。

 

授業料のモト取ったるで! と臨んだ[守]の稽古が始まった。
ぼんやり想像していた赤ペン先生とは、かなり違う…全く違う…別物。それは、文章テクニックの習得ではなく、物事の見方、考え方からやり直させられる感じ。この歳で、こんなにたくさんの「未知」「未体験」に出会うなんて!

 

中でも、校長の言葉「わかりやすさに抵抗がある」はジンセー狂わす最大の衝撃。
「わかりやすい」ダメですか…オノレの人生全否定。でも、言われてみれば反論できない。求められるまま量産してきた「わかりやすい」は、カンタンに手の届く欲望でインスタントに満足する消費のためだったの? 理解できないままに、川端谷崎三島を読み耽った中高生の頃のようなチャレンジングな読書も遠いムカシ。青雲の志にあった「難しいことをわかりやすく」はどこいったんや!

 

よわい60にもなろうものなら、経験値もつみかさなって図々しいオバはんなわけだけれども、校長の言葉のおかげで初々しいオトメが顔を出した…気がする。オバはん初心にかえる

 

しかも、38の守の稽古を進めばすすむほど自分の足りないがくっきり見えてきて、世の中コンナモンサとは到底言えないざわざわした私にもなってきた。
「知らない」はもとより好物ではあるけれど、ケタ外れの母型まで遡るヤリカタも努力も持ち合わせなかった自分に、方法を見せてくれたのはISIS編集学校。

 

心震えるほどのヨロコビは(好きあっての)困難のサキにある。これもISIS編集学校に教わったこと。

かけだしの、学衆のハシクレではありますが、難しめのお題を考え、考え、考えて回答ができた時、指南を受けもう一度回答をつくり直して再び指南のメールを読んだ時、何ともいえないヨロコビを感じたなぁ。部活のシゴキを乗り越えた時のキブンと似てるかも。とてつもない「わかりにくさ」から得られるヨロコビって、想像もつかない。その域までやすやすとは辿りつかないだろうけど、近づいてはみたい。
ISISの門をくぐったら、わかりやすいワタシが、わかろうとするワタシになっていた。

▲第83回感門之盟にて。ノート結索教室の大和丈紘師範代、小椋加奈子師範と。

 

「わかりやすい」を目指すことは、「わからないこと」を切り捨てることでもあります。「わかっていること」だけで記述すれば、表現は先細ります。一方で「わかりにくくていい」と開き直っていては、ただのディスコミニケーションでしょう。ではどうするか。わからないことをわかろうとする――中田さんのこのカマエに、イシスが大切にしていることを再確認させられました。

文・写真/中田ちひろ(52[守]ノート結索教室、52[破]魔弓マイスター教室)

編集/角山祥道(チーム渦)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。