私たちの中には“編集力”が潜んでいる――高田智英子のISIS wave #27

2024/04/08(月)08:08
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

高田智英子さんは、語部おめざめ教室の師範代として52[守]を駆け抜けた。師範代に“なった”ことで、型の理解が深まり、仕事や日常にも大きな変化が現れたという。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語るシリーズ、「ISIS wave」の第28回は、高田さんの「編集を共に遊んだ体験」をお送りします。

 

■■患者さんとの「通信」作り

 

 患者さん(以下、Aさん)がひとり、ひたすら壁に向かって座っていたのが気になった。
 私は地域のリハビリテーションの場で看護師として働いている。ここでの活動のひとつが、患者さんが自らの活動を壁新聞にする「通信」作りだ。今月は、皆で体験した「スイーツ作り」がテーマ。
 ところがAさんは活動に加わろうとしない。そっとしておくべきか。迷ったが、もしかしたら、何かのきっかけがあれば参加できるのかもしれない、と思った。

「Aさん、通信のタイトルを描く人が今いなくてね。困ってて。良かったらやってみませんか」

 話しかけると、「それは困りますね」と私の言葉を引き取ってくれた。すぐさま、スイーツ作りの様子を撮影した写真と「スイーツ作り」と書いた文字をAさんへ渡し、「“スイーツ作り”というタイトルをデザインして欲しいの」と真剣にお願いした。

 

▲実際に作った手作りチョコの写真

 

 Aさんは、しばらくチョコの写真を見つめ動かない。しかし、急に目を上げると、タイトルの文字と写真を往来させ、注意のカーソルを激しく動かし始めた。何か思い付いたようだ。
「このチョコバーの水玉を使いましょう」と前のめり。私も嬉しくなり「いいですね!!」と声が弾む。Aさんは「ああ、それとこのジグザグの文様もいいかも」と続け、チョコの装飾模様を指し示した。タイトルデザインをやってみたいという意志が声にも表情にも現れていた。それからAさんは黙々と作業に没頭し、私はそれを見守った。


 90分後、「出来ました」とちょっと誇らしげにタイトルを見せてきた。その表情はイキイキとしていて、デザインには、楽しんだ跡がはっきりとあった。

 

←チョコに肖り、ジグザグ模様で装飾
←チョコに肖り、ドット模様
←フォークで文字を創った!
←ナイフで線を作り、点に季節のデザート(苺)まで連れてきた!
←思いつく限りの模様の合わせ技
←ないもの(生クリーム)を連れてきた!

 

 チョコの写真にアフォードされたAさんは、その模様を借りたり、ナイフやフォークを文字の一部にしたり、おまけに季節のデザート(苺)を添えたり、写真には【ないもの】(生クリーム)まで連れてきてしまっていた。特に「り」の生クリームの躍動感には、本人もご満悦。
「すごく美味しそうなタイトルが出来ましたね。ありがとう」と伝えると、「初めてでしたけど面白かったです」とAさん。出来栄えに、通信作りの常連参加者たちも驚き、「すごいね」と口々に讃えた。眩しい編集を見せた人を「今月のスポットライター」として紹介しているのだが、当然、コーナーにはAさんの名が踊った。
 Aさんのように自ら進んで参加しない人も、何か外部から情報が入ることで編集のスイッチが押されるのだ。Aさんは、チョコの写真と文字の形に共通する【らしさ】を見抜き、それらを融合した装飾文字を創った。そこには遊び心が溢れていた。


 イシス編集学校で師範代をする前の私なら、壁際のAさんを見ても、「一人がいいのだろう」と決めてかかっただろう。しかし、今はどんな人も編集する力を秘めていることを知っている。見逃しがちな、小さなこと、些細なことの中に、イキイキした編集を起こす鍵が隠されていることも学んだ。
 通信作りは、自分たちがどこまで行けるのか毎回、暗中模索だ。でもみんなの中に潜む編集力が立ち上がっていくそのプロフィールは、何とも格別だ。

 

今から急に、藤井聡太になることも大谷翔平になることも叶いませんが、「編集の達人」にならば、なれます。なぜならば「編集力」はどんな人の中にも眠っているから。そのことを高田さんのエッセイは教えてくれます。基本コース[守]では、38の型を学びますが、型は自分のにあるのではありません。にあるものに名づけ、磨き、いつでも取り出せるようにするのです。


文・写真/高田智英子(49[守]唐傘さしていく教室、49[破]臨刊アフロール教室)
編集/角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。