この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
瀬尾真喜子さんはフランス・パリで学んだプロのピアニストである。瀬尾さんが新しいCD製作に悩んでいたとき、創発を生んだのは、イシス編集学校で学んだ「型」だった。「型を用意したら、必要な要素が流れ込んできた」。
イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ、第16回は瀬尾真喜子さんの音楽にまつわるエピソードをお届けします。
■■型のない不自由さを乗り越えて
中学校の図書室は、古い木造の別棟にあった。放課後に、仲良しの惠子ちゃんと渡り廊下を走って図書室に駆け込むと、ストンと静寂の異空間にワープした。大きく息をして本の匂いを吸い込む。差し込んだ西日にホコリがキラキラ舞って、惠子ちゃんの髪の毛が茶色く透けて見える。図書室はわたしたちの秘密基地だった。
ここ数年、自分の音を気軽に手渡せるような、名刺代わりのCDがほしいと思っていた。しかし、「即興」は弾いたそばから霧散していく。一向に形にならないまま月日は過ぎた。クラシック音楽育ちのわたしが即興に夢中になったのは、窮屈な西洋音楽のタブーを破りたいという、パンク精神からだった。譜面から解き放たれて、ひととおり不良をやって気が済んだあたりで、不自由さを感じ始めた。望んでいたはずの自由を前にすると、音は予定調和に向かって流れ減衰していく。期待どおりに、爆発したり変容したり積み重なったりはしてくれない。それは型のない不自由さだった。
[破]が終わった日、ふと、型を使ってみようかと思い立ったら速かった。コンセプト、録音、マスタリング、ジャケット、ブックレット、CDプレス、と加速していき、1カ月半でCDアルバムが完成してしまった。わたしがやったという実感はない。型を用意したら、必要な要素が流れ込んできたのだ。「編集八段錦」が動き出した。
●編集八段錦(*)
1.区別をする
即興を誘発する火打ち石として、アール・ド・ヴィーヴル(「障害があっても、自分で選択していく人生を」という願いのもと活動するNPO)の皆さんの絵7作品を選ぶ
2.相互に指し示す
それぞれの絵を図形楽譜のように読み、絵から音を引き出して並べる
3.方向をおこす
耳を澄まして、音が行きたがっている方向を見極めて、冒険する
4.構えをとる
曲ごとのスタイル、モードを明確にし、個性を際立たせる
5.見当をつける
曲のオーダーを決め(カット編集術)、CD全体の世界観、物語の流れを見つける
6.適応させる
曲にタイトルとコメントをつけて、絵と音と言葉を三位一体にする
7.含意を導入する
一旦、絵と言葉から離れて、音に揺さぶりをかけて予定調和を崩す
8.語り手を突出させる
本番当日、絵、言葉、音、ピアノと一体になって弾き、録音する
仲良しの惠子ちゃんは、やがて大人になり、編集学校に出会い、わたしを誘うことになる。今回、アートディレクションとデザインに加えて、CD製作全般をサポートしてくれたのが、惠子ちゃん――編集学校の先輩の牛山惠子さんだ。
彼女とイシスの編集用語を駆使してCDのアイディアを出し合うなかで、秘密基地の記憶が蘇った。中学校の図書室で、惠子ちゃん発案の変なおばさんキャラの主人公が、救世主になるシュールなお話を作って飽きずに笑い転げていた毎日。すっかり忘れていた宝物のような思い出の鍵を開けたのは「編集八段錦」という型だった。型が記憶と音楽を私のもとに運んできてくれた。
*松岡正剛が、情報編集プロセスを構造化したもの。[守]で学ぶ必携の型。詳しくは『知の編集工学 増補版』を参照のこと。
▲完成したCDアルバム「Magical Tone」(下段)と、CD制作のきっかけとなったアール・ド・ヴィーヴルのみなさんの作品(上段)。「アール・ド・ヴィーヴルの方々が描く絵を初めて見た時、絵が楽譜に見えたんです。絵の中で、音たちが、弾かれるのを待っているように感じました」と瀬尾さん。絵の下には、瀬尾さんが作曲した曲のタイトルと、絵から音が聴こえてきた瞬間についての言葉が添えられている。左から、①佐藤玲奈・絵「ジャングルのヒョウ」/曲「ケモノはおどる」/生き物のからだの中で 細胞はいつも踊っているのです ②伊藤愛梨・絵「海」/曲「太古の祈り」/海の底では太古の時代から たくさんの祈りが響いています ③奥津大希・絵「ヒロアカ」/曲「彼方の鳥」/異空間に迷い込んだら みちしるべは鳥の声です ④ケリー幸太エドワード・絵「water」/曲「水の精」/空と水が混ざり合うところで ふしぎな歌が生まれます
文/瀬尾真喜子(49[守]きざし旬然教室、49[破]おにぎりギリギリ教室)
写真/宮坂由香、瀬尾真喜子
編集協力/福井千裕
編集/吉居奈々、角山祥道
●編集後記
2023年6月、ルーテル市ヶ谷ホールで開かれた瀬尾さんのピアノコンサートには、[守][破]の教室の仲間が駆けつけた。アイキャッチの写真を撮影したのは、49[破]おにぎりギリギリ教室の宮坂由香師範代。宮坂さんはプロのカメラマンでもある。本エッセイの編集を担当したのは、49[守]きざし旬然教室の福井千裕師範代。学衆×守師範代×破師範代というコラボでこの記事は誕生した。ちなみに瀬尾さんは、10月末開講の[守]師範代として登板予定である。
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。