この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
乗峯奈菜絵さんは、辞典編纂室で働いている。辞典は「言葉の海を渡る舟」だ(三浦しをん『舟を編む』)。ではどうやって?
イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ。第11回は、「乗峯奈菜絵さんの辞典編纂室の日々」をお届けします。
■■誰かの手摺りとなるように
辞典編纂室に勤めて2年が経つ。主な仕事は原稿整理。用字用語の訂正や記述内容の事実確認をして文章を整えていく。
読む人によって解釈がいろいろにならないように、言葉を限定的に用いながら言葉や概念を「定義」していくのが「コンパイル」だと[守]で教わった。そう、常にコンパイル、それが辞典の仕事だ。項目ごとに限られた字数の中で、事実を誤りなく載せることが求められるため、そこに物語や感想などを加える「エディット」の要素はない。連想や文体遊びを好む自分にとり、彩りのない硬質な文章を読むことは大変であったが、今では半分ほど慣れてきた。慣れないもう半分は、本辞典の特異性による。それは、主な対象読者を天台宗僧侶および仏教修学者・研究者とする『天台学大辞典』だからだ。
天台宗の教理・教学に直接関連する項目を中心とした辞典のため、歴史的な内容であれば何とか読めても、顕教や密教、円戒などの分野の原稿は、専門知識のない自分には極めて難解である。そこはプロの校閲者に委ね、こちらは事実確認に精を出す。
例えば天台座主(ざす)。人名項目に必要な要素は、①生没年の西暦 ②定義的説明 ③字・号・別称 ④生誕年月日・場所・父母 ⑤履歴・活動内容・特長、僧侶の場合は出家の年次、師僧名、主な弟子名 ⑥死没年月日・場所・年齢・墓所、が大まかなものである。この型に則っているか、説明に誤りや過不足はないか。『校訂増補 天台座主記』『日本仏教史辞典』や大日本史料データベースなど、様々なツールを駆使して文献に当たり、記述に問題があれば編纂室メモとして記し、校閲に回す。この過程で難しいのが不足の指摘である。
例えばある書状。『続群書類聚』に所収の原文をはじめ、『群書解題』やほかの参考文献などに目を通すうち、ある天台座主の補任阻止に関わる書状らしいと分かる。執筆の段階で外された内容かもしれないが、こうした「触れなくてもよい?」という情報を挙げておくことも、仕事の一つだ。書かれた情報は容易に検討し削除できるが、その逆は難しいから。指定字数内に必要な情報をどれだけ入れられるか、本辞典が誰かの研究の手摺りとなれるよう、もがきつつ楽しんでいる。
専門家が書いた原稿に自分が何をどう手を付けられるのかと、2年前は大いに戸惑った。それは今でもあまり変わらないが、執筆要項や原稿整理の型と、調べる手立てがあれば、地道に粘ることはできる。明確な文章であれと、心がける日々だ。
▲コンパイルの海を渡るためには、信頼できるコンパイル群が必要だ。写真は乗峯さんが仕事で使う相棒の数々。
文・写真提供/乗峯奈菜絵(43[守]当方見聞録教室、43[破]転界ホログラム教室)
編集/角山祥道、羽根田月香
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。