この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

ヒロスエは愛を自らのミッションとして突進し、トロイア戦争は恋愛のもつれから起きた。ユーミンはいつまでもいつになっても恋愛を歌い続け、坂口安吾は「恋愛は、人生の花であります」とのたまった。恋愛を突き詰めればそこには、誰でもない「わたし」が顔を覗かせる。
と【11列挙】【27引用】【26注釈】で遊んでみましたが、51[守]師範によるエディティング創文、第2弾のテーマはずばり、「恋愛」です。
書き手は、愛を切なく歌う阿曽祐子師範に、恋でリズムを刻む佐藤健太郎師範。2人の切り口・語り口に注目されたし。
■阿曽祐子の「恋愛」エディット(指定技法:09原型、23境界、44保留)
黄泉の国までイザナミを迎えに行ったイザナギは、待てずにイザナミの姿を盗み見てしまう。仮死のジュリエットが息を吹き返すのを待てずに、ロミオは自殺し、ジュリエットも後を追う。いずれの物語でも「待つ」行為に耐えきれなくなった姿が描かれる。「待つ」とは、なんの予兆も予感も確証もない状態を受け容れ、そこに身を置くことである。恋愛とは、まさにこのあてどのない状態に身を置き続けることだ。イザナギもロミオも耐えきれずに決着をつけようとしたのだ。多くの人が選択する結婚という契約は、男女を「待つ」状態から解放する巧妙な制度である。
七夕の夜空を見上げる人は多い。なぜか私たちは「待つ」を貫く姿に惹かれる。すべきことを尽くし、自らを超えたものに身をゆだね、ただ只管にやってくる瞬間を待つ。待たずに待つ。そこには投げやりな放棄ではなく、自らが生まれ落ちたこの世界への信頼がある。今宵も夜空を見上げてみようか。(394文字)
阿曽師範は、神話や古典を紐解き、「恋愛」のアーキタイプを「待つ」ことに見出しました(【09原型】)。この創文が、コンパイルしつつエディットしたことがわかります。コンパイルとエディットは、同時進行なのです。
この中で、「待つ」行為を「あてどのない状態に身を置く」と言い換えましたが、どっちつかずの状態(【44保留】)は、編集の余地があるともいえます。恋愛が星の数ほどの物語を生み、人を惹きつけてやまないのは、そのせいかもしれません。また、「結婚」のプロトタイプを「契約」とし(【09原型】)、ここに「恋愛」が二分される様を描出しました(【23境界】)。
恋愛は契約によって線を引かれるべきなのか。本来は黄昏時のように不可分なのでしょう。うーん、考えさせられます。
■佐藤健太郎の「恋愛」エディット(指定技法:21比喩、33輪郭、57遊戯)
恋愛って何? あえて言うなら、クイズじゃない? もちろん、早押し。二人っきりで問題の出し合い。耳に届くのは問いの言葉のみ。みなまで聞くのは野暮の極み。フライングを恐れず、ゲーム開始。瞳、口元から意図を読んでいざ推理。レスを待つドキドキ。「正解!」という笑顔が究極のご褒美。積みあがる得点が二人の世界の彩り。ラッキーパンチも言い換えれば運命。でも、ふとした凡ミスで逆回転。焦りが生み出す世界の暗転。ゆらりと揺らぐ自信。恋敵の登場で募る疑心。繰り広げられる甘酸っぱい心理戦。恋バナはいわば感想戦。クイズでなければこれは何? 正解があると盲信し、速度を求めて猛進する恋。最後まで聴かなければ、納得は得られないと気づく愛。合ってて嬉しい恋、ズレで心暖まる愛。恋が得点制なら、愛は時間制。早とちりに考えすぎ。押し間違いだってクイズの醍醐味。味わい尽くすは人生の喜び。じゃなきゃファイナルアンサーもあんなに流行らない。
(400文字)
佐藤師範は「恋愛」を「早押しクイズ」に見立てました(【21比喩】)。これを起点に連想を広げ、恋愛=早押しクイズをカリカチュアライズしていく(【33輪郭】)。手際が見事です。恋愛のワクワク感や遊戯性が際立つだけでなく、創文全体が「遊びのモード」になりました(【57遊戯】)。体言止めの連打もリズムを作っていますね(【61周期】)。声に出して読むと、まるでラップのよう。
校長はイチローのバットコントロールを引き合いに、何を書くかによってそのテイストを変える、と語っていますが、まさに!
さて石黒師範、堀田師範の「遊びエディット」共演に続く、阿曽師範、佐藤師範の「恋愛エディット」共演。いかがだったでしょうか。同じ主題なのにモードも中身もテイストも違いますよね? そう、どこまでも編集は「自由」なのです。
いったいどうやってエディティング的な創文を書いたらいいの? という問いで始まったこの企画ですが、もうおわかりですね。
編集64技法を最初に意識してみる。期限、文字数、テーマ……と制限を課してみる。こうした「何かを限定する」という編集的アプローチが「創文」を生み出すのです。
ね? あなたも書いてみたくなったでしょ?
◎エディット創文/阿曽祐子、佐藤健太郎 ◎アイキャッチ/阿久津健 ◎編集/角山祥道
*編集64技法は、松岡正剛考案の方法で、『知の編集術』(講談社現代新書)に詳しい説明があります。
イシス編集学校 [守]チーム
編集学校の原風景であり稽古の原郷となる[守]。初めてイシス編集学校と出会う学衆と歩みつづける学匠、番匠、師範、ときどき師範代のチーム。鯉は竜になるか。
乱世には理想に燃える漢が現れる。 55[守]近大番に強い味方が加わった。その名もハンシ。「伴志」と書く。江戸時代の藩を支えた武士のようであり、志高く新時代を切り開いた幕末の志士のようでもある。近大番が、 […]
週刊キンダイ vol.004 ~近大はマグロだけじゃない!~
マグロだけが、近大ではない。 「近大マグロ」といえば、全国のスーパーに並び、飲食店で看板メニューになるほどのブランド。知名度は圧倒的だ。その名を冠した近大生だけの「マグロワンダフル教室」が、のびのびと稽古に励むのもう […]
日刊ゲンダイDIGITALに「本屋はワンダーランドだ!」というコラムがある。先日、イシス編集学校師範の植田フサ子が店主をする青熊書店が紹介された。活気ある商店街の横道にあるワンダーランド・青熊書店を見つけるとはお目が高 […]
「来週の会議、リアルですか?」 そんな会話が交わされるようになったのはコロナ以降のこと。かつて会議といえば“会議室に集まる”のが当たり前で、わざわざ「リアル」などと断る必要はなかった。 だが、Zoomなど […]
週刊キンダイ vol.001 ~あの大学がついに「編集工学科」設立?~
3年前の未来予想図が現実になった?! 大学の新学科として「編集工学科」が新設。 千夜千冊は2000夜間近、千夜千冊エディションは35冊目が発売。 EdistNightなう〜3年後、イシスは何を?(2022/02/25) […]
コメント
1~3件/3件
2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。