【三冊筋プレス】中国料理と箸で世界を編む(畑勝之)

2023/04/22(土)12:00
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SUMMARY


 地球上のいかなる街にも中華料理店がある。また、アジアの国民食には、どこか中華のエッセンスが染み出る。食の文化交流史の専門家が、本場中国を含めて世界中の、中華料理店と図書館を巡り、中国料理の体系化と現地化の軌跡を綴ったのが『中国料理の世界史』だ。
 国内にて、政治家たちにより中国各地の料理は、国民料理として編集されていく。海外では、故郷を離れた華人たちが、行く先々で中国料理を浸透させた。更には、当地の国民食にも昇華する。その裏側には、華人たちが迫害を乗り越える苦難の道も潜んでおり、料理と華人を紡ぐドラマも示される。
 調理の方法に加え、食事の方法も伝播した。中国生まれの箸は、国内に留まらず、国境も越えていった。『箸はすごい』は、南のベトナムから始まり、朝鮮、日本、モンゴルへと箸が広がった歴史を記す。各地に伝わる箸の逸話や、当時の食事情にも切り込んで、箸の伝播の背景につき、様々に仮説を立てる。
 ベトナム料理は、だいたいは中国料理だけど、更に脂をぬいて、生野菜をふんだんに使ったものだと、開高健が喝破した。『魚の水はおいしい』は、ベトナムを含めた世界の食にまつわるエッセイ集である。日本の中華料理に、ベトナムの料理事情も加え、中国料理と箸の広がりが織りなす、人々の交流を語ってみよう。


 

■ガチ中華が街にやってきた
 ガチ中華が流行している。昔ながらのマチ中華が、日本人の好みで進化したのではない。中国各地の個性ある料理が、ガチな調理方法によって、日本で増殖したのだ。辛さひとつとってもいろいろある。シビれる辛さの四川料理、スッパ辛さの雲南料理、ひらすら辛い湖南料理。塩味の濃い北京料理に比べれば、上海料理・広東料理は、淡泊な味わいが特徴だ。行き来を制限された中国人が、地元料理をカンブリア爆発させ、日本人をも惹きつける。
 わたしには、猛烈に爆肚(バオドゥ)を食べたくなるときがある。センマイを茹で、ゴマだれや酢、パクチー、ネギなどで和える北京名物だ。コリコリ感をアテに、白酒をくいっとあおるのが下町風。北京のせんべろが、東京でも嗜める時代になったのだ。

 

■中国料理が世界をめぐる
 2022年のサントリー学芸賞を受賞した『中国料理の世界史』は、中国国内外における、中国料理の体系化と現地化の歴史を紡ぎ出した。著者である岩間一弘は、食の文化交流史を追いかけている。世界中の都市を訪れては、現地の中華料理店と図書館を駆け回り、料理が受け入れられる社会背景、利用される政治状況を入念に考察する。中国には四大料理又は八大料理という料理系統がある。四大料理といえば、北京・上海・四川・広東だ。中国ウン千年の歴史というけれど、四大料理と言われはじめたのはそれほど古くない。そこには、中国の国家戦略が潜んでいる。孫文は「中国の近代文明の進化は遅れをとっているが、ただ飲食の進歩だけは文明各国も中国に及ばない」と論じた。続く政治家たちは、国民料理を体系化してナショナリズムを発揚し、国宴料理による美食外交にもつなげていった。
 中国料理は海外にも飛び出していった。担い手は新天地を求めた華人である。華人たちは行く先々で、しぶとく生き抜いた。ともに海を渡った中国料理も現地に根付く。華人たちのための料理は、当地の食材を利用しながら徐々に現地化し、更には彼の地の国民食にとして発展していった。ラーメンも今や立派な日本食として、国内はもとより海外にも知られている。ラクサやナシゴレンも同様だ。地方料理から国民料理・国民食への昇華が、国内だけでなく、国境を越え多国間でも頻繁に起こったことが、中国料理の特徴だった。しかし、中国料理が受け入れられて国民食へと発展する裏側には、華人が時に排除と迫害の対象としてナショナリズムの犠牲となった歴史もあった。『中国料理の世界史』では、中国料理と華人の生き様がクロニクルに織り込まれている。

 

■お箸の国のヒトだもの
 中国を飛び出したのは料理だけではなかった。エドワード・ワン『箸はすごい』は、中国生まれの箸が周辺に伝わる様子とエピソードを記した。箸の歴史は古く、前漢初期までの礼学をまとめた『礼記』にも登場する。箸は中国国内のみならず、まずは南のベトナムに伝わって、そして東の朝鮮、日本、北のモンゴルへと広がった。箸の機能は、料理にも影響した。アツアツのスープから麺を啜る愉しみは、お箸の国の賜物である。ラーメン数寄の日本人ならば、蘭州牛肉麺やビャンビャン麺、ラクサにフォーも目がないはずだ。
 箸で食するベトナム料理は、ほぼ中国料理だけれども、もっと脂をぬいて、生野菜をふんだんに使ったものだ。ベトナムを歩き回った開高健は『魚の水はおいしい』で喝破する。花の国でもあるベトナムには、多彩な野菜や果物が豊富に出回っている。中国の魚醤に起源するニョクマムも、産地の魚をつかい、ふるさとの味としてブランドを打ち立てた。北の調理と食事の方法を受け入れ、地場の恵みを讃えながら、ベトナムも新たな国民食を作り上げている。

 

■日本と中国、そしてベトナム
 近年、中国の若者に加え、厳しい貧困に打ちのめされるベトナムの若者も、幼な心にマンガやアニメの面影を携えて、日本を好んで訪れる。韓国人を抜き、在日外国人数も第二位になった。ご挨拶もそこそこに、お箸を片手に食卓を囲めば、旧友に再会したような気持ちになる。箸だけで食事をするのは日本人とベトナム人だけだ。中国人は箸と匙をセットで使う。
 食材・調理・食事の方法は、多彩に関係づけられている。異なる料理のあいだの、類似と相違にも目を奪われる。しかし、大いに食べて、お皿やお椀の中身を空じると、一切を無化したところに、美食の感覚が生まれる。美味しいものをいただいたという意識のみが共有される。
 マチ中華やガチ中華、そしてベトナム料理をはじめとする中国由来の国民食を支えたのは、多元的な人々の交流だ。今日もあちこちで、お箸を進めて歓談していることだろう。美食の感覚がナショナリズムをこえて、目前の対立や格差を克服し、相手をもてなす寛容と調和を導くのだ。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕
∈『中国料理の世界史』岩間一弘(慶應義塾大学出版会)
∈『箸はすごい』エドワード・ワン(柏書房)
∈『魚の水はおいしい』開高健(河出文庫)

 
⊕多読ジム Season13・冬⊕

∈選本テーマ:食べる3冊

∈スタジオゆむかちゅん(渡會眞澄冊師)

∈3冊の関係性(編集思考素):一種合成

 

 『中国料理の世界史』─┐
            ├─『魚の水はおいしい』
 『箸はすごい』   ─┘

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。