ISIS 20周年師範代リレー[第33期 竹内裕明 本家本元のISIS祭でビジネス編集]

2021/09/28(火)09:00
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2000年に産声をあげたネットの学校[イシス編集学校]は、2020年6月に20周年を迎えた。第45期の師範代までを、1期ずつ数珠つなぎにしながら、20年のクロニクルを紹介する。

 

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イスラム国の樹立宣言の年、それより14年以上前からイシスはISISだった。 本家本元はこちらとばかりに、2週間ぶっ通しの本楼イベント[ISISフェスタ]が始まったのもこの年であった。大澤真幸、柴崎友香、安田登、下條信輔、佐治晴夫、春風亭一之輔、赤坂真理、エバレット・ブラウン、山本貴光、ドミニク・チェン、吉田玉男一門など。数々のゲストと同様に登壇者として名を連ねたのがイシスの師範代、師範の面々だ。

 

その一人が、33守師範代の竹内裕明である。新規事業のコンサルティングから経産省等の事業評価委員までつとめる激務のなか、ビジネスにいかに編集を持ち込むかを型で伝える[Edit Biz]の講師として壇上に立った。ビジネスの最前線で編集をし続ける竹内には、大きな体格に似合わず、きめ細やかな心配りの一面もある。東奔西走する出張先の名物土産を持参して伝習座で参加者に振る舞ったり、自作カレンダーを師範代や学林局に贈ったり、趣味のカメラの腕を感門之盟で披露したり。その茶目っけたっぷりの表情で、気遣いを忘れない竹内が誰からも愛される由縁であろう。

 

そして、竹内といえば校長愛だ。その熱情は誰よりも燃え盛り、もちろん全ての校長著書を揃える。松岡校長直伝の[離]は点滴を打ちながら見事完走した。今は雑誌「遊」のバックナンバーを順番に読み直しているという。校長の方法を携えて、仕事に教育に竹内は今も走り続けている。

◎師範代メッセージ◎


 

>あのときメッセージ>

華やかな女性師範代が活躍した33期、女性科学者がつぶやいた「STAP細胞あります」が最先端の生命科学の分野を混沌とさせていた。お題「部屋にあるもの・ないもの」で稽古した「ある」と「ない」の境界編集。私自身、「方法」として使えているかを問い続けている。

 

>これからメッセージ>

未知の恐怖を発端とした「ないもの編集」。新しい社会への「編集の型あります」よね。

 

余白整体教室 竹内裕明

 


●あの日!あの時!千夜千冊!●

〇33守開講と同時にアップ、イシスマストの一夜

ナタリー・サルトゥー=ラジュ『借りの哲学』

…2014年4月21日

◎イシスの教室を「広告」にしてしまいなさい

1547夜:ノーラン・ブッシュネル&ジーン・ストーン『ぼくがジョブズに教えたこと』

…2014年6月11日

⦿お洒落で、暗示的で、ヴァルネラブルで、パンク

1549夜:岡崎京子『ヘルタースケルター』

…2014年6月27日

Designed by 穂積晴明

 

 

  • 吉村堅樹

    僧侶で神父。塾講師でスナックホスト。ガードマンで映画助監督。介護ヘルパーでゲームデバッガー。節操ない転職の果て辿り着いた編集学校。揺らぐことないイシス愛が買われて、2012年から林頭に。

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。