この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

わたしは八百屋に走った。
押し止められない衝動に駆られて…
45[守]石井梨香師範が「リカちゃんクッキング」と題して「師範のチーム名語りをよすが」にしたレシピを公開した。わたしの担当する「水面くれセント」には「柑ぽんソーダ」を贈ってくれた。教室名、師範代の特徴と共に、「宮川師範の得意技、ぽんかん指南を反転させて」という丹精込めたレシピにわたしは心を打たれた。
「ぽんかん指南」とは、学衆さんにリズムよく溌剌と回答してほしいと40[守]師範代の時に考えた方法だ。「ぽ~ん」とやさしく球を投げることで「カーン」と気持ちよく打つ風景が浮かんだ。右へ左へと打ち分け、真芯に当ててホームラン、時には力んで空振り三振。フレッシュな果物をイメージして、喜怒哀楽と躍動感を生み出そうとマネージした。
八百屋にいくと宮崎県産の「日向夏」は既に時期が終わっていた。同じ品種でも地域により「ニューサマーオレンジ」といった違う名称で呼ばれるという話を聞き、そちらを購入した。ついでにミントを、酒屋でソーダ水を買い、家には八ヶ岳の秘蔵のはちみつがある。これで準備万端だ。家に帰り材料を前に台所に立ち、腕まくりをすると気合がみなぎった。「さあつくるぞー!」
1分で出来た。
拍子抜けしたが、簡単であれば、これから何度でも飲むことができるということだ。写真撮影に20分かかると強炭酸は微炭酸に変わっていた。柑橘のスゥッと鼻に抜ける清涼感、はちみつのトロンと舌をなでる甘み、ソーダのシュワシュワな喉越しの刺激、この三位一体のコンビネーションは格別である。予想を裏切らない風味といえばいいだろうか、別の言い方をすると思った通りの味だった。しかし、このドリンクは巷に溢れたものとは本質的に異なるものである。石井師範が愛情をこめて創作し、ネーミングしてくれた唯一無二のものなのだ。その時に伝習座1・5の出来事が蘇った。
師範が千夜千冊エディションを片手に編集を語るプログラムだ。石井梨香師範は「リカ先生」に変身して、『理科の教室』の講義をしたのだった。ファッションスタイルにまで女教師のモードをいかし、フリップボードを片手に生命を語る。
ズキューン♪
憧れていた。だが永遠に手の届かない聖なる領域にいる女教師。それはとうの昔に失くした「あの時」を思い出させてくれた。「リカ先生」は「柑ぽんソーダ」の引き金を引いたのだ。鈴の音のような声の先生を思い出した。夏の日の汗ばんだシャツの向こうに、黒板の前に立つさわやかな先生の姿が見える。甘酸っぱさと切なさが入り混じり、胸が締め付けられた。
「先生、待って~」
「あははは。宮川くん、こっち、こっち~」
野原で追いかけっこをする先生とぼく。しばらくの間、自分がどこを彷徨っているのか分からなくなった。
わたしは今後「柑ぽんソーダ」を飲む度に女教師の面影を思い出すだろう。そして何事にも機をいかして楽しく編集に向かう「リカ先生」の凛々しい姿をそこに重ねるだろう。どこにでもありそうだが、どこにもないドリンク。そこにはトキメキのクオリアがあった。
宮川大輔
編集的先達:道元。曰く、「指南の極意は3ぽん。すっぽんぽん、ウェポン、ぽんかん也」。裸の心と体を開き、言換えの武器を繰り出し、ポーンと投げカーンと回答してもらう。敢えて隙だらけの構えで、学衆を稽古に巻き込む場の達人。守破教室全員修了も達成した。
さしかかりの鍛錬 ~41花:千夜多読仕立/道場五箇条ワーク~
手がふるえる、顔がこわばる、言葉につまる。 41花入伝式の第三部「物学条々」で行われる共同ワークでの一コマだ。その成果を松岡正剛校長を始め、居並ぶ花伝所の指導陣、入伝生たちを前に発表する。 こ […]
2018年5月に千夜千冊エディションが刊行開始されました。『本から本へ』の燃えるような表紙を見た時の胸が高鳴る気持ち、そこから前口上、目次へとドキドキしながらページをめくった時の手触りをよく覚えています。 その頃のわ […]
コメント
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。