この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

血はつながっていない養子とはいえ、親に認められるのは嬉しいこと。手にとった『一目千本』をめくりながら思わず笑ってしまった駿河屋さん(蔦重の養父)の顔こそ、蔦重に見せてあげたかった。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第3回「千客万来『一目千本』」
第2回は花魁・花の井と平賀源内が主役のような回でしたが、今回こそは蔦重の出番。源内先生が書いた序のついた『吉原細見』は評判にはなったものの、吉原は寂れる一方。
そこで蔦重は次の手を繰り出します。今でいうところのフリーペーパーみたいなもの、でしょうか。女郎さんたちの見本帳のような冊子を企画します。入銀本という、掲載料を多く支払えば支払うほど、紙面のいい位置を確保できるという。こうやって女郎から、いや、その後ろにいる馴染みの旦那方からお金をかき集め、『一目千本』ができ上がりました。
もう一つの手法が「見立て」に「アワセ」。人の姿をそのまま描いても違いがうまく伝わらない。花に見立てることで、女郎の個性が光り出す、とまぁ、こういうわけです。表紙に「華すまひ」と書かれていましたが、相撲仕立て。花の相撲とは何とまた優雅なことか。
さらにダメ押し、銭湯、居酒屋、髪結床など、人がたむろするところに配ったのは見本だけ。吉原に来れば全部見ることができるよ、とチラ見せの手法。
こうして吉原に大勢の人が戻ってきます。
寂れた吉原でお茶ひいている女郎も総出ででの本作りは見応えがありました。江戸の本作りの世界をのぞくとしたら、三谷一馬『江戸商売図絵』に手を伸ばしたい。
衣、食、薬、住、旅人、芸能、願人坊主・物買い、旅、季寄せ、雑という10の分類で、実に300以上もの職業を紹介しています。原画を著者の三谷氏が模写し、そこに短い解説がつけられています。
例えばただいまの蔦重の職業、貸本屋でいうと、黄表紙『七福神大通伝』北尾政演の絵を模写しています。おお、北尾政演といえば山東京伝の浮世絵師としての号。今回、絵師として活躍した北尾重政門下でもありました。
さて今回でいうとまずは彫師です。絵巻物『近世職人尽絵詞』の眼鏡をかけているように見える彫師が彫刻刀を持って机に向かっている姿が模写されています。解説を見てみましょうか。
彫師は摺師より格が一枚上だとされていました。また彫りには字掘りと絵彫りの別があり、字彫りは武家の内職でした。字堀りには学問が必要だったからです。
その隣の頁で摺師が紹介されています。模写したのは、鈴木年基の草稿。解説では
職人気質で気の向くまま、横箱(摺り道具を入れた箱)を担いで仕事場を転々とする渡り者が多かったようです。馬連(薄く丸い芯を竹の皮で包んだもので、摺る時の道具)があれば飯に困らなかったといいます。
と書かれています。
著者の三谷氏は冒頭に
商売の意味を広く解釈して、あらゆる庶民の生業の姿を荒らしたものです。
これ等の職人、商人は当時としては極く普通の人達ばかりですが、今から見ると随分珍しいものがあります。
古い昔の故かもしれません。
と書きました。
今はなくても名前を見れば想像がつくものあり、さっぱり見当のつかないものあり(定斎屋、紅かん、うろうろ舟。これなんだかわかりますか?)。けれど、絵を見ていると、こんな人たち(何せ職種だけで300、ということは、この本には300人以上の人が描かれている!)が行き来する街を思い、画面で吉原にぞろぞろと来ていた衆のなりわいにも思いをはせることができそうです。
そして…「若き日の鬼平は野暮だった」なんて書いてしまいましたが。入銀本のためについには親の遺産を食い潰し、あの花の井から「五十両で吉原に貸しを作った男なんて粋の極みなんじゃないかい」の言葉を引き出した。一気に、大通、そう、遊里に通じた粋人となりました。またどこかでお会いできるのでしょうか。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十一
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その九
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八(番外編)
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その五
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その一
大河ばっか組!
多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
今回、摺師として登場した方は、御年88歳の現役摺師、松崎啓三郎さんだそうです。西村屋との実力の差をまざまざと見せつけられた歌麿と蔦重。絵の具や紙、摺師の腕でもなく大事なのは「指図」。「絵師と本屋が摺師にきちんと指図を出 […]
名のもとに整えられた語りは、やがて硬直し、沈黙に近づいていく。けれど、ときに逸れ、揺らぎ、そして“狂い”を孕んだひそやかな笑いが、秩序の綻びにそっと触れたとき、語りはふたたび脈を打ちはじめる。その脈動に導かれ、かき消さ […]
初登場・大田南畝先生の着物が蒲焼き柄だったことにお気づきだったでしょうか。狂歌の会のお題「うなぎに寄する恋」にちなんだお召し物でしたが、そんなおしゃれ心に肖りたいものです。 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラ […]
語りは、触れられることで息を吹き返す。凍った関係をほどくのは、理屈でも赦しでもない。幼心を宿す位置枚の版木が、記憶の深層に眠っていた像を揺り起こし、語りの火は、再び問いとともに他者へと手渡されていく――。 大河ドラマ […]
あの人が帰ってくるのとあわせたかのように「ポッピンを吹く娘」の最初期版が43年ぶりに再発見! 東京国立博物館特別展「蔦蔦重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」にて特別公開予定とあいなりました。蔦重は何か「もっている」人で […]
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。