この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
2024年春、[守]コースに入門したアラスカ在住の写真家・中島たかしさん。中島さんは稽古を通して世界の見方が変わったという。いったいどんな変化があったのか。イシス修了生によるエッセイ「ISIS wave」。今回は中島たかしさんの[守]稽古体験をお送りします。
■■「可能性の箱」を開ける
数日前まで、アラスカのウィルダネス(原野)でレンズを覗いていました。
2008年から、僕はここ、アラスカで写真を撮り続けています。写真家としての僕が追いかけているのは、この地の野生動物――島オオカミやオオヤマネコたちの生命の営みです。
▲アラスカの北極圏に生息するジャコウウシ。マイナス50度の過酷な環境を耐えぬく。(撮影/中島たかし)
2016年頃、松岡正剛という物凄い人がいるのを知って千夜千冊を参照するようになっていました。2024年の春に、[守]コースに入門したのですが、目的は2つ。2025年4月に控えた写真集制作(★)に多角的な視点を持ち込みたかったこと、そして視覚世界と言語で作られる世界の、そのあいだを見てみたいという抽象的な想いです。
▲日照の短い冬の日の入り。雪原は果てしなく広がり北極海へと続く。(撮影/中島たかし)
[守]の編集稽古の最中のことです。
知り合いの写真雑誌元編集長から、「よくもこれだけ、深みのある写真が撮れるようになったものだね。1年前と全然違う」と言われました。自分の変化に自覚はないのですが、僕の中にあった「生命」の解釈は、確かに変わりました。これまで持っていた「既存の解釈が詰まった箱」を放り出し、「思考の可能性を閉じ込めた箱」を開封した、そんなイメージです。
例えば、《やわらかいダイヤモンド》という稽古では、「ありえない言葉」をつくります。言葉はもっと自由でいい、もっと矛盾に満ちていていい。それが創造することの、本当の始まりのように思えました。
《たくさんのわたし》では、自分を30個、列挙するのですが、これは言い換えれば、30の視点から世の中を見るということです。世界はひとつではなく、自分に関係するさまざまな視点から立体的にみることができる、そんな実感が生まれました。
編集稽古は、これまで自分が持っていた言葉と観念の結びつきからの「解放」でした。「多角的視点」と「視点の深化」の獲得です。
顕微鏡撮影で氷結晶をのぞいていた時、レンズの向こうの結晶の無機的な様子が、有機的な振る舞いに見えてきました。風景の中にも、鉱物にも、あちこちに生命の営みがあった。「このような視点から新しいものが撮れるに違いない」。僕の中には、いまワクワクした予感が膨らんでいます。
思い返せば、[守]の教室で師範代の指南から受け取っていたのは、変化できる様々なピース(方法の欠片)だったのかもしれません。方法の欠片を集めると、それが「鍵」になって、「思考の可能性を閉じ込めた箱」を開けられるのではないでしょうか。
[守]の教室では、自身の変化に気づけずにいましたが、師範代や仲間は、僕の小さな変化を見つけ、そばでずっと評価してくれました。
僕は今、アラスカのウィルダネスでカメラを構えながら、時折、もらった方法の欠片を取り出しては磨いています。「多角的視点」とそれに伴う「視点の深化」を維持し発展させるには、きっと実践と復習(振り返り)を続けることが必要なのです。
★中島たかしさんの写真集は、4月12日より中島さんの公式webで発売予定です。
文・写真/中島たかし(53[守]金継ゲシュタルト教室)
編集/大濱朋子、角山祥道
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。