やわらかい分類・かたい分類――山本昭子のISIS wave #41

2024/12/14(土)08:30
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山本昭子さんが、イシス編集学校でいちばん戸惑ったのは「わける」稽古だった。植物分類学を学んできた山本さんにとって、分類は揺るぎのないもの。ところがイシスのそれは違った。山本さんの戸惑いのその先は。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。イシス修了生による「ISIS wave」。今回は山本昭子さんの分類をめぐるエッセイをお届けします。

 

■■コケのようにふかふかと

 

ハコベ、ナズナ、イノコヅチ。小さいころ、道端で母がよく植物の名前を教えてくれた。雑草としてひとくくりにされがちな植物の、ひとつひとつに注意のカーソルが向くようになったのは、母のおかげだ。そんなことを思うのは年齢を重ねたせいでもあるが、[破]のクロニクル稽古で自分史を辿ったら今と昔が呼応し始めたからでもある。

 

大学時代、植物分類学を専攻した。卒研のテーマは、東西1㎞南北4㎞におよぶキャンパスを季節ごとに隈なく採集して回った植物を標本にし、同定し、目録を作ることだった。目の前にある植物の種類を見分けるのが同定だ。花のかたちや葉の付き方、茎の断面や毛のようすなどを観察し、外見的な特徴からアタリを付け、図鑑の画や記述と照らし合わせながら絞り込んでいく。体系的に整理された分類表のどこに位置付けられるかを突き止めるのだ。

 

時は流れて2020年、イシス編集学校に入門し、[守]のお題で分類に出会ったときは面食らった。豆腐で役者を分ける? 植物分類での緻密で厳密なイメージの分類表とは違い、雰囲気を手掛かりにモノの分類を試みるお題だ。だが分類の線引きは揺れ動き、豆腐のような頼りなさを感じて不安になる。回答はしたものの、モヤモヤを残したまま卒門した。

 

2023年、「コケ」を名前の由来に持つ、光合成センタイ派教室の師範代を拝命し、ふたたびこのお題に向き合う。指南を繰り返すうち、ようやく腑に落ちてきた。編集学校の分類が「柔らかい分類」なら、植物分類は「固い分類」と言える。でも、どちらも分類だ。不安になる必要はない。分類のフレームはかっちりとしていても良いし、変化してもかまわない。全く違うフレームを持ってくれば、イメージが動き意外な見方も生まれる。照合するのは「らしさ」と「らしさ」。そう、植物の同定も「らしさ」がモノを言う。キク科らしさ、バラ科らしさ…。分類表とて揺るぎない存在ではなく、新たな知見が加われば改変される。一見固そうな植物分類も、豆腐で役者を分ける柔らかい分類も、地続きなのだろう。

 

2024年秋、生まれて初めてコケ観察会に参加した。日曜日の都市公園。初心者向けにコケの見方を教えてくれる。「石垣に生えているのか、木の幹なのかなど、生育環境の違いもコケの種類を見分けるのに欠かせない情報です」。石にへばりつくコケにスプレーで水を吹きかけ、ルーペと目をぐっと近寄せる。縮こまっていた小さな枝葉が立ち上がり開いてくる。同時に、胸の奥で何かがじんわりと熱を帯びてくる。さあ、分類を遊ぼう。コケのようにふかふかと、柔らかく。

▲さあ、どう分類しよう(左は旅先で見つけたスギゴケの仲間、右は自宅の庭のハリガネゴケ)

 

“もやもや”していた気持ちがわくわくに変わる様子が水を得た苔のように鮮やかに広がりました。「編集の型」は一度では理解しきれなくても、学衆から師範代へロールを着替え、視点を変えて、使い続けることでじんわりと馴染み、思考をほぐしていく。学術に基づいた緻密な「固い分類」、編集術を使った「柔らかい分類」。この真逆な2つを「地続き」であるという山本さんの見方付けが生まれたように。分類を遊び尽くす山本さんの姿は、編集の楽しさと可能性に溢れています。


文・写真/山本昭子(46[守]位相オンライン教室、46[破]ほろよい麒麟教室)
編集/山口奈那、角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。