この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

確率的に高そうな、それっぽい無難な回答を生成AIにもとめる風潮。でも世界は「たまたま」の偶然をエンジンに多様に蠢いている。
25年間イシス編集学校の指導陣向けに非公開で行われてきた「伝習座」がライブ公開された。そのテーマは「カオス理論×物語編集術」。
複雑なシステムを複雑なまま捉えるカオスと物語を通じて、拘束条件とも言うべき「型」について考えたい。
38のお題を通して編集の「型」を学ぶイシス編集学校の[守]基本コース師範の山崎智章がレポートする。
「カオス「を」ではなく、カオス「で」というのは松岡さんに見抜かれたんですよね。」
三体問題にはじまるカオス自体「を」扱うのではなく、カオス「で」複雑な事象を見る津田一郎氏のカオス的脳観は、社会や人間など複雑なものを複雑なまま捉える編集工学に似ている。
守では38の「型」を稽古するが、この「型」とは情報の見方や弄り方へ制約である。その制約が、情報の新たな可能性を開拓する。
縛ることで可能性が拡がるとは一見矛盾しているように思える。しかし、全く無秩序な状態ではエントロピーが増大し、その逆数である情報量はなくなってしまうし、制約が厳し過ぎれば情報は動けない。
この間にある程よい制約度合いが大切なのだ。この程よい制約こそ、カオス状態が相転移・創発をおこす、カオスの縁に至る拘束条件ともいえよう。
「行き詰まったら、もっと複雑にしてみる」「忙しい時は、やることを5倍に増やしてみる」と言う校長の口癖や、「2+1」という対構造に一つ足すことで編集を動かす考え方は、編集にカオスを呼びこむ方法なのだ。
守の型の一つに「ベース・プロフィール・ターゲット(BPT)」というものがある。ベース(B)と言う出発点からターゲット(T)にむけて連想、プロフィール(P)を意識的に揺らし、よりダイナミックで創発的な見方を目指す稽古だ。
何かスタートとなる現状(AsIs)があり、ゴールとなる状態(Tobe)とのギャップを分析することで、ゴール達成に今何が必要かを分析するGAP分析というビジネスフレームワークと一見形が似ているが、その考え方は大きく異なる。
BPTでは、まず「仮」のTをおき、出発地点Bを考えた上で、Tに至る思想の跡ともいえるPを揺らすことで、連想を進める稽古をする。
大切なのはこのターゲットが動的で仮であると言う点だ。
GAP分析は因果律を前提に、そのゴールに至る解を求めるが、BPTは変分原理によって動的なターゲットに向かう。
津田氏が神秘を感じると言う「変分原理」について、講義ではこうあった。「目的が有るかのように未来を決める。そこに至る方程式と初期値をどう選択するか、変なものを選ぶとどうなるかわからない。いい選択だったかを理解するにはちょっと進んで修正をかけてみる。」
たとえば、これから開講する「守」に向かう師範代を例にとってみよう。まだ見ぬ学衆にどんな稽古をしてもらう教室とするのか、そんな仮のターゲットを定め、自らこれまで培った型の理解やお題という初期値、ベースを踏まえた上で、そこに至る方程式ともいえる指南の言葉や、教室の運営方法というプロフィールをイメージする。
この仮のターゲットは入門する学衆や、社会の情勢、稽古の進み具合などで変化する。その動的なターゲットにむけた良い初期値と方程式を選べるよう、今師範代はトレーニングを進めつつ修正をかけている。
これはBPTをつかって準備をしているともいえるし、稽古の効果が最大値をとるような教室での初期値や相互作用関数をさがす、変分原理の応用ともいえよう。
揺れ動く人や世界。そのターゲットには固定化された正解はない。
その動的なターゲットに向かう方法としての「型」を身に付けてもらう守の稽古とすべく、伝習座を終えた師範代は自らのプロフィールを揺らし、理想とする教室の姿を日々更新している。
(まだ若干名募集中です)
稽古期間:2024年10月28日(月)~2025年2月9日(日)
お申し込み: https://es.isis.ne.jp/course/syu
□参考
『心はすべて数学である』津田一郎著 文春学芸ライブラリー
『初めて語られた生命と言語の秘密』松岡正剛・津田一郎著 文芸春秋
『三体問題』浅田秀樹著 講談社ブルーバックス
『「複雑系」入門』金重明著 講談社ブルーバックス
千夜千冊 0104夜 『カオス的脳観』津田一郎著
https://1000ya.isis.ne.jp/0107.html
千夜千冊 1076夜 『自己組織化と進化の論理』スチュアート・カウフマン
https://1000ya.isis.ne.jp/1076.html
「3」で編集は動きだす ~師範2人と司会1人の用法語り~ 53[守]伝習座
https://eel-dev.sakura.ne.jp/post/53syu-3nin/
<特報>伝習座:津田一郎さん講義「カオス理論と物語編集術」突入レポート
https://eel-dev.sakura.ne.jp/post/densyuza20240928_chaos_story/
イシス編集学校 [守]チーム
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。