イシスが産むマニエリスム――52[守]特別講義

2024/02/09(金)19:00
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イシス編集学校に現れたマレビト、武邑光裕氏が送る特別講義。「インタースコア力」と、「ミメロギア特別賞」のEdistに続き、本Edistでは、その講義の様子をお伝えする。

 

武邑氏は、講義の導入に、社会科学者のアーノルド・ミッチェルが提唱したVALS(Values, Attitudes, and Lifestyles)分析を取り上げた。この分析は、ライフスタイルを外部指向型と内部指向型と、その両者の感受性を統合した統合型の3つに分け、そこからさらに細分類していく。人々の社会活動を予測することができる革新的な分析方法だった。

 

この日、本楼で参加した8割の人が、統合型と自己分析したことに、武邑氏は嬉しそうに頷いた。この統合型の人(以下、統合者)は、自分の核となる価値観を育み、流行に飛びつかず、物事を多面的に見る。アーノルドは、この「みんな」とは別のものを選ぶライフスタイルが、社会の中で決定的な役割を果たすと評した。武邑氏も、この統合者に注目していたのだ。

 

 イラスト:VALS分析 外部指向型と内部指向型と統合型

 

1983年の調査時、人口の2%とされた統合者は、現代では主流となり、その活動に人やお金が集まってきている。たとえばApple社やNikeのCMを見てほしい。前者は「Think Different」、後者は「Just Do It」と広告し、独自の視点を誇る統合者に向けた宣伝が強調されている。また、ドイツ発のカルチャーマガジン『032c』は、独特のモードで築いた雑誌スタイルを元に、雑誌社としては異例のアパレルブランドを立ち上げた。自己表現を追求するイベントである、アメリカ、ネバダ州で行われるバーニングマンには、世界中から8万人を越える人が集まる。

 

武邑氏は、こうした新たな文化の表出を、ルネッサンス3.0に向かう兆候として見る。この文化の特徴は、オリジナルからの「小さな変更」だ。16世紀のイタリアで起こったルネッサンス2.0も、表現が出尽くし停滞していた様式に、変化を加えることで開花した。この模倣からの編集は「マニエリスム」と呼ばれ、ほんの少ししか変わらない「マンネリズム」の語源として揶揄もされたが、これこそが世界編集の兆しだった

 

ファッションデザイナーでDjのヴァージル・アブローは模倣からの「小さな変更」、すなわちマニエリスムを「革新的と見なされる文化的貢献を生み出す」方法として打ち出した。そこに必要な変化は、たった3%でよいと見抜いた。この目盛りがとても小さかったため、コピーを作っていると批判する声もあった。しかしアブローは一見無関係な組み合わせによって、最終結果に大きな効果を生む3%の編集をし続けた。それはたとえば、元の音楽を変えるDjのリミックスや、アブローがデザインしたIKEAのストッパー付きのイスとしてあらわれる。

 

現代は、ネットを介していつでも、どこでも、誰とでもつながる事ができる「Big Flat Now」だ。 だからこそ、今まで到底組み合わせ得なかったもの同士が出会い、3%の変更が革新的となる。それを生み出してきたのが『032c』やアブローのイスだ。

 

イシスの[守]コースでも、1人の師範代と10人程度の学衆からなる教室が、ネット上のBig Flat Nowで繋がる。そこでは、学衆がお題に回答し、師範代が指南を返す、という応答を繰り返す。回答は一人で頭を捻るだけでなく、他学衆の回答や指南を共読し、模倣を起点とすることが推奨される。そして模倣に「小さな変更」をかけることで、今までにない回答が次々と生まれる。

 

それを存分に活かしたのが番選ボードレール「即答・ミメロギア」だ。1人で数百の回答を生む者が何人も現れる。個々人が独自の表現を尽くす教室は、さながらネット上のバーニングマンだ。統合者が8割のイシスでは、マニエリスム根付き、すでにルネッサンス3.0を顕在化させている。

 

 

文/遠藤健史(52[守]師範)
イラスト/阿久津健(52[守]師範)
写真/後藤由加里

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。