無言の汁講・多弁の稽古【51守番ボー2】

2023/07/25(火)13:03
img POSTedit

 「発想力を鍛える」と検索すれば、27万件もの検索結果が出てくる。「ありきたりな発想から脱したい」。51[守]が開講して2か月近く、学衆たちの揺動が山場にさしかかるこのタイミングで、二回目の番選ボードレールが開幕する。

 

 「ここからの30分は個人で徹底的に言葉に向き合ってもらう。必ず編集できると信じて」。ルイジ・ソージ教室の師範代、南田桂吾がオンライン汁講の冒頭で明言した。番ボーお題「即答・ミメロギア」が出題された翌日の初対面の場は、無言でワークに取り組むことで占められた。ミメロギアとは、二つのまったく関係なさそうな言葉の対比を際立たせ新しい関係線を引くものだ。読み手に納得感と共に、意外な見方への驚きを立ちあげることが肝要だ。南田が淡々と段取りを説明しはじめた。やや遅れて、番匠の渡辺恒久が駆けつけた。場の空気に動じることのない渡辺さえ「こんばんは!」と発しかけた声をのみこんだ。初回汁講につきものの和やかさが全くない。「南田師範代、大丈夫?」と居合わせた学匠、番匠、師範の心がざわめく。が、南田はわき目もふらずに進め、学衆たちはひたすらに従う。まず、6つのミメロギアのお題から一つ選んで、白紙の中央に書き出す。お題の言葉を辞書で調べて、周囲に言葉を書き足す。続いて、好きな本を一冊選んで目を通す。気になった言葉を白紙に書き足し、辞書で調べて、さらに言葉を書き足す。次は千夜千冊だ。好きな一夜を選んで、気になった言葉を書き出し、辞書で調べて、またもや言葉を書き足す。最後は、言葉でいっぱいになった用紙を俯瞰し、関係線を引いて、動かして、ミメロギアの形に落とし込む。

 

 沈黙の30分間の後は発表会だ。学衆たちが控え目にチャット欄に成果をアップする。「脂質の妖怪・糖質の妖精」「ドカ食いの妖怪・点滴の妖精」「保健室のドローン・校長室のクローン」「帰化する妖怪・工学する妖精」。異質な情報が掛けあわさった作品を前にして、待ちかねたように一同が前のめりになる。「普段の自分では考えられないものが出てきた」と銘々の学衆が脳内の汗をぬぐいながら説明する。「誰にも共感できないくらいのところまで、イメージを広げきってほしい」と渡辺がけしかければ、「このまま五感でイメージを広げていけばいい」ともう一人の番匠、若林牧子が背中を押す。「今まで言葉同士の創発を起こせなかった。他から借りてくればよいのだと目から鱗が落ちた」と学衆の田子みどりが驚くと、藤原雄作も「偶然性を発生させて編集の幅を広げる稽古は、脳内で強制的にシナプス結合が発動されるような感覚」と応じた。南田の心中のガッツボーズを師範、阿曽祐子は見逃さなかった。

 

 汁講前、「守の学衆にはハードすぎるのでは」と心配顔をする師範に対して、南田にはひとつの予見があった。開講当初に催された空文字アワーで、ルイジ・ソージ教室は、言葉と連想をつなぎ続け、1000字を超える物語をたたき出した。そんな彼らは、必ずや、自らを脱して発想を動かす方法にはまるに違いないと。学衆の編集可能性に賭けようと、入念なシミュレーションを経て場に臨んだ。かくして、学衆たちは気づいた。自分のアタマだけで考えなくていい。辞書はもちろん、本も、映画も、仲間の回答も使っていい。通勤電車で隣り合わせたおじさんになりきってみることすらも、アイディアの素になる。必要なのは「どんな情報も必ずつなげられる」という確信と「とことんまで編集し抜く」という覚悟なのだ。汁講を終えた学衆たちは、見る間にミメロギアのラリーへと向かった。

 

 一週間後、エントリーを済ませた学衆の福田彩乃が「今回は不思議なもの同士を取り合わせた。でも納得感がある」と嬉しそうに声をあげた。木村昇平は「自分の趣味嗜好からではなく、他から借りて連想して湧き立ったものの輪郭をつかむような感じ」と作品の推敲プロセスを振り返った。その道のりは決して平坦ではなく、苦しみをも伴うものだった。しかしながら、仲間の作品の劇的変容と師範代の率先垂範を目の当たりにして、エントリーの余韻に浸ってはいられない。可能性を徹底的に追う無言汁講が、瀬戸に向かい続ける学衆たちの志をもたらした。

 

(文/阿曽祐子)

  • イシス編集学校 [守]チーム

    編集学校の原風景であり稽古の原郷となる[守]。初めてイシス編集学校と出会う学衆と歩みつづける学匠、番匠、師範、ときどき師範代のチーム。鯉は竜になるか。

  • 週刊キンダイ vol.005 ~ ハンシがゆく ~

    乱世には理想に燃える漢が現れる。    55[守]近大番に強い味方が加わった。その名もハンシ。「伴志」と書く。江戸時代の藩を支えた武士のようであり、志高く新時代を切り開いた幕末の志士のようでもある。近大番が、 […]

  • 週刊キンダイ vol.004 ~近大はマグロだけじゃない!~

    マグロだけが、近大ではない。  「近大マグロ」といえば、全国のスーパーに並び、飲食店で看板メニューになるほどのブランド。知名度は圧倒的だ。その名を冠した近大生だけの「マグロワンダフル教室」が、のびのびと稽古に励むのもう […]

  • 週刊キンダイ vol.003 ~マグロワンダフルって何?~

    日刊ゲンダイDIGITALに「本屋はワンダーランドだ!」というコラムがある。先日、イシス編集学校師範の植田フサ子が店主をする青熊書店が紹介された。活気ある商店街の横道にあるワンダーランド・青熊書店を見つけるとはお目が高 […]

  • 週刊キンダイvol.002 ~4日間のリアル~

      「来週の会議、リアルですか?」  そんな会話が交わされるようになったのはコロナ以降のこと。かつて会議といえば“会議室に集まる”のが当たり前で、わざわざ「リアル」などと断る必要はなかった。 だが、Zoomなど […]

  • 週刊キンダイ vol.001 ~あの大学がついに「編集工学科」設立?~

    3年前の未来予想図が現実になった?! 大学の新学科として「編集工学科」が新設。 千夜千冊は2000夜間近、千夜千冊エディションは35冊目が発売。 EdistNightなう〜3年後、イシスは何を?(2022/02/25) […]

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。