この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

2023年のG7広島サミットも2日目を迎えた。ロシアとウクライナの戦争の終結が見えず、核の脅威に対する危機感が広がり続けているなか、被爆地・広島での開催である。人類は二度と同じ過ちを繰り返してはならないと訴えることを止めず、祈り続ける地で、首脳たちが集う意味は大きい。国家を背負ったリーダーたちも、広島だからこそ交わし合える言葉を紡ぐと信じたい。G7に必要なのは、議論や主張ではなく、方法である。
一座建立
2023年5月13日、世界で一つの方法の学校、イシス編集学校では39[花]の入伝式が行われていた。豪徳寺にある編集工学研究所の本楼に集まったのは、編集学校の師範代を目指す入伝生と、その指導陣である。今期も、社会や仕事における課題や、自身の切実を抱えながら24名が日本全国、そしてスイスから入伝した。
編集学校の講座で唯一、開講初日から集って始めるのがこの花伝所だ。編集コーチになっていくために、高速で変化する7週間の最初の「渡」が入伝式なのである。この日を境にロールが変わり、学衆は入伝生となる。
ネット上の学校であるからこそ、リアルも大切にするイシスでも、パンデミック中は入伝式をZOOMにせざるを得なかった。だが今回は、3年半ぶりのリアル開催である。いつものキリリとした緊張感以上に、一期一会の喜びが溢れ、格別な一座建立となった。
「全くメモが追いつかない」「師範講義に圧倒されてしまった」「もう頭がパンパン」と言いながらも、入伝生の目はまるで子どものように輝いている。人が再び戻ってきた本楼はエネルギーで満ちていて、部屋ごと膨らんでいるように感じられた。そのエネルギーは師範講義を更に熱くさせ、仲間との交わし合いをよりいきいきとさせた。本楼という場も、「師範代のわたし」へと越境する覚悟を問い、後押ししてくれているのだ。
物学条々(ものまねじょうじょう)
入伝式の目玉の一つでもある「物学条々」のグループワークは、1か月前から取り組んできたプレワークがベースとなっている。花伝師範陣が選んだ千夜千冊10夜の共読をもとに、これから演習を共にする仲間と、道場の「五箇条」を編集せよ、というお題である。千夜千冊の編集的先達と、メンバーたちと相互編集しながら、師範代になっていくためのカマエを自分たちで作っていくのだ。
39[花 ] 花伝エディション
1 1730夜『見えないものを集める蜜蜂』ジャン=ミシェル・モルポワ
2 1694夜 『トポフィリア』イーフー・トゥアン
3 258夜『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ
4 443夜『五輪書』宮本武蔵
5 1571夜『源氏物語』その3 紫式部
6 1815夜『思考と言語』レフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキー
7 1731夜『自己組織化する宇宙』エリッヒ・ヤンツ
8 10夜『内なる神』ルネ・デュボス
9 1509夜『ユーザーイリュージョン』トール・ノーレットランダーシュ
10 1811夜『ダブル・ヴィジョン』ノースロップ・フライ
39[花]のために選ばれた10夜も、「生命に学ぶ、歴史を展く、文化と遊ぶ」イシスらしい、多様なジャンルの千夜であった。これらの千夜が「物学条々」に選ばれた意味についても、考え続けたい。
グループワークの制限時間は20分。自分たちで進行、書記、発表者のロールを決め、共読してきた千夜を手すりに、交わし合いはスタートした。「幼心は入れたい」「やっぱり『五輪書』でしょう」「エディティング・モデルの交換を意識していきたい」と次々に意見を出し合う。どの千夜にも思い入れが強く、絞るのは難しいと頭を抱えながらも、師範講義に刺激を受け、プレワークの回答とはまったく別の発見を伝え合う場面も見られた。数時間のうちに、すでに入伝生に変化が訪れ始めているのを、師範たちが見守る。必死の時間だからこそ、焦りが集中力に変わり、そのときにしかできない編集が生まれていくのだ。不足を抱えながらも、その場を引き受ける勇気も、師範代のカマエに繋がってくる。
以下が、発表時の五箇条である。
2023.5.13時点の五箇条。道場の色は花の色を表している。式目演習がスタートしても、道場では並行して五箇条の編集が続く。
それぞれの道場の発表後、スジ・カマエ・ハコビというメトリックで、錬成師範の大濱朋子、山本ユキ、嶋本昌子から講評は返された。3師範から、笑顔でたくさんの不足を手渡された入伝生からは、「もっと型を使えたはずなのに悔しい」「編集方針が足りなかった」「ツールを忘れていた」などという声が漏れた。わかりやすさの罠にかかって一般的な言葉使いに寄ったり、千夜のエッセンスが薄まったり、「用意と卒意」がうまくかみ合わなかった道場もあった。だが道場ごとの振り返りで「一緒に考えられてよかった」「もっと磨きたい」という前向きな発言に見られたように、実際に式目演習がスタートしても五箇条編集は続いている。反省もリバース・エンジニアリングし、不足をを起点に共に編集を始める姿は、すでに師範代のカマエに通じている。
次に39[花]が本楼に集うのは、すべての演習を終えた後の「敢談儀」。これからは道場別に共読と指導とフィードバックが続く日々だが、自学自習中も入伝式のエネルギーの面影を感じて進むべきである。千夜を通して出会った、イマジネーションのリプレゼンテーションに挑戦し続けてきた著者のエネルギーも、千夜を通して松岡正剛校長が手渡しているエネルギーも、編集学校のエネルギーもすべてつながっているからだ。五箇条をつくることは、「師範代になる」というターゲットに向かって、プロフィールを描いていくことだけではない。イシスに流れるエネルギーを継承した師範代になり、その方法で世界に向かい、自由をつくっていくためのスタートなのである。
文:嶋本昌子
アイキャッチ:山内貴暉
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イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
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2025-06-10
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2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。