【50破】旅立ちと決戦の春〜「セイゴオ知文術」共読ミーティング〜

2023/04/17(月)18:00
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萌えて始まる区切りの春。すでに新しい環境に向かい、慣れてきた人も多いだろう。


もうすぐ、イシス編集学校、応用コース[破]が開講する。区切りでメモリアルな50破は10教室の予定であったが、受講希望の声が響き続け、新たに2教室を用意した。

 

異郷エンシオス教室  田中志歩師範代

イシスEU支部の田中志歩師範代は、50守では、「50gエンシオス教室」という教室名を頂いた。50gの勇気は、異郷への旅立ちへと歩みを進める。

 

そして、2人目の師範代の登場に、50[破]全体がどよめいた。

 

 

決戦アイドル教室   新井和奈師範代

47[守]アイドル・ママ教室、47[破]アイドルそのママ教室の師範代をつとめた後、守を舞台に師範代を育ててきた新井師範は、50[破]で決戦を迎える。

 

12教室での開講は、2008年以来になる。2人の師範代の参入で、開講を前にした50[破]は、熱気が渦巻いている。教室の増加に伴い、高柳康代評匠が新たにお迎えし、万全のカマエが築かれた。

 

[破]には、物語編集というお題があり、ジョゼフキャンベルがつきとめた英雄伝説の型を使い、物語を作り上げる。英雄たちは「セパレーション」(出発)し、「イニシエーション」(試練)を受け、「リターン」(帰還)する。
さまざまな困難の中で磨かれて、英雄は英雄になるのだ。
師範代もまた、与えられた課題を乗り越え、[破]の師範代となり、開講の日を迎える。

 

開講直前の4月15日、十二人の師範代と、学匠、番匠、評匠、師範が集まり、破の最初のクライマックスとなるお題、「セイゴオ知文術」の共読ミーティングが開催された。

 

 

 

50[破]のアイドル?


師範代はすでに、課題本を読み進めている。その上で、師範の読みに触れ、知文を綴るために必要なものを手渡しされるのだ。セイゴオ知文術は校長の名を冠したお題で、もちろんただの感想文ではない。読むことは書くことであり、著者と読み手は混ざり合い、新たな編集的世界に向かう。著者の切実をどれだけ引き受けて、どんな方法で返すのか、師範代の指南で知文は大きく変わる。

 

「ただ読むのではなく、問いを持ちながら読み進めていきたい」
「学衆の地と自分の地を照らし合わせながら指南をしていきたい」

「方法が見えたり、深掘りができるようになると、本自体が面白くなり知文の質が変わってくる」

ミーティング後の師範代の言葉は、「セイゴオ知文術」の指南に向けた意思を感じるものだった。

 

50破は4月24日に開く。

 

 

 

  • 北條玲子

    編集的先達:池澤祐子師範。没頭こそが生きがい。没入こそが本懐。書道、ヨガを経て、タンゴを愛する情熱の師範。柔らかくて動じない受容力の編集ファンタジスタでもある。レコードプレイヤーを購入し、SP盤沼にダイブ中。

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。