この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

4月スタートの「多読ジム」の新シーズンテーマは「歌う3冊」。2023年3月18日の感門之盟では、「歌う一冊」を参加者から募集し、司会者がその場でインタラクティブに応じる特別企画「多読共読跳走ワーク」が開催された。
司会はイシスの「バニー新井」こと新井陽大(あらいあきひろ)である。軽快なトークが持ち味の新井は、司会・長島順子の「バニーということは、ある意味年男?」というフリに、「本当は酉年ですが、バニーに擬いて年男ということで」と即応し、会場の笑いを誘う。
多読とは多様性を読むこと。一冊でも様々な切り口で読めば「多読」になる。百冊読んでも同じような読み方しかしないなら「一読」でしかない。多読ジム名物の「三冊筋プレス」では3冊の本を様々な切り口でエディション読みしていく。そのプロセスは筋トレに近いが、鍛えるのは「読」筋。筋トレと同様に、トレーニングは続けることが何よりの秘訣。継続するうちに「読筋」の変化を確実に実感できるようになる。
ワークでは「あなたの思う歌う一冊」を本楼とZoomの参加者に選んでもらい、なぜそれを選んだのかを語ってもらう。そのメロディに新井がハモリながら、新たな歌を生み出す「響」読に挑戦する。
「忙しくても鼻歌が歌えるゆとりを持っていいよ」と励ましてくれた本を紹介する人。入院中に光と風と匂いしか受け入れられず、「唯一読めた」という詩集を挙げた人。一冊に込められた物語は人それぞれだ。
バニー新井はひとりひとりが本に出会い、響き合うに至るまでの背景に素直に感動しながらも、「鼻歌は人間らしさの象徴」「歌は原型に絡んでいるのでは」と[破]師範もつとめた新井らしく「型」で応じ、偶然寄せられたそれぞれのメロディを、必然のハーモニーへ仕立てあげた。
会場から寄せられる一冊と物語を次々に響かせていく新井(左・中央)。Zoomからの参加者に対して、手元のiPadに覗き込むようにして誠実に応じる姿も(右)
「紹介された本を読みたくなった」「私だったらこう歌いたい」「もっと色々な歌い方を知りたい」といった多様な読書の方法があちこちで共振する多読共読跳走ワークになった。
「多読ジム」は、[破]講座を修了した突破者であれば誰でも受講可能。新しい春シーズン、多読ジムがあなたを待っています。
★春シーズンの多読ジムの詳細はこちら★
【多読募集】ボウイと歌え、サブカルズで遊べ season14・春
(編集:上杉公志)
清水幸江
編集的先達:山田孝之。カラオケとおつまみと着物の三位一体はおまかせよ♪と公言。スナックのママのような得意手を誇るインテリアコーディネーターであり、仕舞い方編集者。ぽわ~っとした見た目ながら、ずばずばと切り込む鋭い物言いも魅力。
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コメント
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。