ルル3条で挑んだ病院編集――石川英昭の ISIS wave #01

2023/03/13(月)08:45
img CASTedit

イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

石川英昭さんは、名古屋市の病院に勤務する内科医だ。本屋で見つけた『知の編集工学』をきっかけにイシス編集学校の門を叩き、忙しい仕事の合間を縫って基本コース[守]と応用コース[破]を高速で駆け抜けた。2021年秋に[破]を終えて1年半。教室の仲間からは「戦隊モノでいうなら、間違いなくレッド」と慕われる頼もしき兄貴分に、イシスでの学びはどのような変化をもたらしたのか。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語る、新しいエッセイシリーズ。
第一回は石川英昭さんのエッセイをお届けします。

 

■■患者さんの心を救え! 「ルル3条」で挑むコロナ禍という名のモンスター

 

 コロナ禍は、感染対策の錦の御旗の元に、病院業務を完全に塗り替えた。
 なかでも患者家族面会の禁止は、もっとも残酷な結果をもたらした。ただでさえ、不安で孤独な生活を強いられながら、家族面会という、心安らぐほんのひと時を奪われた入院患者さんの心身の状態は、急速に悪化したからだ。スタッフも常に緊張を強いられ、病人を思いやるという余裕が失われた結果、病棟は重苦しい空気に包まれた。
 なんとかせねば。


 当院は以前から「認知症カフェ」と称して、通院患者さんや地域住民を招待し、合唱をしたり、笑いヨガを体験頂いたりする憩いの場を提供してきた。そのノウハウがあった。幸い、音楽療法士の常勤職員もいる。音楽に合わせて一緒に歌ったり、笑ったり。こうしたコミュニケーションは、コロナ禍の入院患者さんこそ間違いなく必要だ。
 ところが会議で提案するも、感染対策の絶対的ルールが立ちはだかる。また現場スタッフの業務負担を懸念する声もあがった。しかし諦めるのはまだ早い。逆境はむしろ病棟を「再編集」するチャンスだ! イシス門下生としての血が騒いだ。

 ルールといえば、イシスで学んだ「ルール・ロール・ツール」の「ルル3条」。まずはルール作りだ。音楽療法士らに、病棟師長が満足するレベルの消毒や換気を含む感染予防策を徹底指導し、習得させた。また患者さんがリラックスして過ごせれば、夜もよく寝てくれて、見守り仕事はむしろ減るであろうと、スタッフらを説得した。これでルールはOKだ。
 足りないのはツールだ。音楽提供を、医者が率先する医療行為に昇格させれば良いのでは? これを詰めることで、「音楽療法指示書」という院内公的文書、つまりツールが完成した。
 リハビリやその他ケアの時間を避けて、介入する。患者さんの急な状態悪化への対応は、看護師さんがフォローする。よし! ロールも明確化された。


 こうした紆余曲折を経て、2020年末に産声をあげた病棟音楽療法は、漂白された病棟を優しい音色で彩った。予想どおり患者さんの笑顔も増えたが、むしろ癒されたのは、意外にもコロナ対応に疲弊し切った我々医療スタッフの方だった。
 さあ、次はなにをどういじってみようか、どんな型を使おうか。ある勤務医の編集的挑戦はまだまだ続く。

 

▲腎臓内科一筋20余年。頼れるレッドの「病院編集」は続く。

 

当時の師範代にこっそり話を聞くと、石川さんは[破]の教室で「スピードスター」と呼ばれていたそうです。そんな石川さんがさっそく高速編集をかけたのが、「ルル三条」を使った病院の新しい仕組みづくりでした。ルールを変え、ロールを生み出し、ツールを駆使し、既知から未知へと新しい場をうみだす編集術は、“関わる人々を幸せにする”という石川さんの思いと重なりました。コロナ禍の入院患者のために始めた仕組み作りが、結果として医療スタッフまで癒していたという新しい病棟音楽療法は、さながらララバイ・イン・ホスピタル。
 さて石川さんならこの新しい仕組みにどんな呼称を付けますか?

 

■後日談■

石川さんが勤める病院の音楽療法は評判を呼び、ドキュメンタリー映画『認知症と生きる希望の処方箋』(野澤和之監督、2023年5月公開)で取り上げられることになったそうです。石川さんご本人も、数分出演しているとか。レッド石川の銀幕デビュー迫る!?

 

文・写真提供/石川英昭(46[守]いいちこ水滸伝教室、46[破]ジャイアン対角線教室)

編集/角山祥道、羽根田月香

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

  • 『ケアと編集』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。 さて皆 […]

  • 寝ても覚めても仮説――北岡久乃のISIS wave #53

    コミュニケーションデザイン&コンサルティングを手がけるenkuu株式会社を2020年に立ち上げた北岡久乃さん。2024年秋、夫婦揃ってイシス編集学校の門を叩いた。北岡さんが編集稽古を経たあとに気づいたこととは? イシスの […]

  • 目に見えない物の向こうに――仲田恭平のISIS wave #52

    イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 仲田恭平さんはある日、松岡正剛のYouTube動画を目にする。その偶然からイシス編集学校に入門した仲田さんは、稽古を楽しむにつれ、や […]

  • 『知の編集工学』にいざなわれて――沖野和雄のISIS wave #51

    毎日の仕事は、「見方」と「アプローチ」次第で、いかようにも変わる。そこに内在する方法に気づいたのが、沖野和雄さんだ。イシス編集学校での学びが、沖野さんを大きく変えたのだ。 イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変 […]

  • 『NEXUS 情報の人類史 下』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。  歴 […]

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。