【参丞EEL便#028】図書館総合展で読書WS開催

2022/11/16(水)12:00
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福井県敦賀市の「ちえなみき」が活況だ。

 

オープンから2ヶ月がたち、地元の高校生や他県からの視察隊など、敦賀市人口(6万人強)をこえる方が来場した。波うつ本棚空間に入り込むと、さまざまな知恵を運んできた本との意外な出会いができると、空間も選書も好評である。

 

11月に開催中の図書館総合展では、「ちえなみき」を含め、丸善雄松堂の手がけた本のある場のオンラインツアーを開催している。本棚というもの、どんな知も組み合わせ自由であることを感じていただきたい。

 

11月25日と30日には、EEL×丸善雄松堂のライブラリーサービス「ほんのれん」のワークショプも行う。本は、自在な対角線を引いて交差することで編集をおこすツールである。その可能性を体感する機会としたい。ぜひ、世代をこえて、どなたにでも参加していただきたい。

 

 

[編工研界隈の動向を届ける橋本参丞のEEL便]

//つづく//

 
  • 橋本英人

    函館の漁師の子どもとは思えない甘いマスクの持ち主。師範代時代の教室名「天然ドリーム」は橋本のタフな天然さとチャーミングな鈍感力を象徴している。編集工学研究所主任研究員。イシス編集学校参丞。

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コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。