この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

編集稽古とは?指南とは?初めて編集学校を知る人に「編集コーチ」の醍醐味をどんな風に伝えようか。花伝所の指導陣6名は、いつも以上にドキドキしながら、8月21日(日)本楼に集った。
[花]のオンラインエディットツアーの参加者は、通常[守・破]の稽古を終えた学衆が多いが、今回は珍しく7割が編集学校初体験。とはいえ、花伝所がツアーを開催するからには、指南擬きと相互編集の価値を伝えるワークは欠かせない。回答と指南の共読で広がる編集の可能性を知ってもらうべく、参加者には、少し背伸びをしてもらい、学衆と師範代擬きの二刀流にチャレンジしてもらった。さて、どんな腕試しとなったのか。
当日の進行役は林朝恵花目付。冒頭で編集学校のしくみを説明しながら、「編集は不足から生まれる」「問いを持って情報を見る」という2つのキーフレーズを掲げて先の道標を示した。
牛山惠子師範(右)は、アイスブレイクの自己紹介ワークをフレッシュにスタート。「部屋にないものに「ご主人様である、あなた」について語ってもらいましょう」と、あえて身近に「あるもの」から離れた自己紹介を試みてもらう。
「部屋にないもの」の回答は多様に広がる。「牧草がない」「目覚まし時計がない」「浴衣がない」「ピカソのゲルニカがない」「食器棚がない」「ピアノがない」。一つとして重なる回答がない。「ないもの」から連想される「わたし」は不思議とその人の特徴を纏い出す。「なぜないのか?」その問いを受け、紡がれる言葉から個々の数寄や背景が滲み出る。「編集は不足から生まれる」に通じる。
問いに応じるステージから、他者の回答をよくよく観察して言語化する「師範代メガネ」を借りるステージへ。吉井優子師範は、他者の回答を発見的に見ることを促す。多様な回答を導き出す編集稽古において、指南がどのような役割を果たすのか、発見の目をどれだけ持てるかがカギとなる。
[守]の回答例「扇子を【ウィダーインゼリー】に見立てて、「ロボットの話が入る落語」をする」さて、これをどう指南するか?37[花]きっての名コンビの錬成師範、堀田幸義師範(左)、佐藤健太郎師範(右)は、参加者から指南の視点となる「発見」を引き出し、それを元に指南文を書き上げる。編集稽古における回答と指南の交わし合いをエディティング・モデルの交換と呼び、ここに無限の可能性が広がる。
表舞台から裏舞台へ。花伝の要でもある田中晶子所長は、オープニングからラストまでZoomの番人として場をサポート。編集稽古を始めれば、誰もが回答も指南もできるようになる。日常も社会ももっと面白くなる、そんな思いを重ねながら、この場に臨んでいた。
(1段目左から)本楼の全景、林朝恵花目付、吉井優子師範、高本沙耶師範代。(2段目左から)稲森久純師範代、山下雅弘師範代、牛山惠子師範、森川絢子師範代。(3段目左から)深谷もと佳花目付、田中晶子所長、佐々木千佳局長、佐藤健太郎師範。(4段目中央)堀田幸義師範。指導陣全員でスクショで記念撮影をパシャリ。スペシャルゲストとして参加していた新師範代4名の生き生きとした編集語りと参加者の意識の高さに次の守への期待が高まる。
顔もほころぶ新師範代からは、「刺激的な時間だった」「参加者の方々の積極性がすばらしい」「教室で活躍しそうな人たちばかり」と興奮気味に感想の声があがった。ついこの前まで学衆だった新師範代たちが参加者の前で堂々と花伝の体験を語る。このサイクルこそイシス編集学校の「わかるとかわる」であり、型が継承されていくということである。
50[守]はきっと特別な期になるだろう。
世阿弥の能が乱世で必要とされてきたように、今この時代だからこそ、編集へ。迷わず入門、入伝へ!
写真・文 林朝恵(花目付)
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イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
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2019年夏に誕生したwebメディア[遊刊エディスト]の記事は、すでに3800本を超えました。新しいニュースが連打される反面、過去の良記事が埋もれてしまっています。そこでイシス編集学校の目利きである当期講座の師範が、テ […]
花伝所では期を全うした指導陣に毎期、本(花伝選書)が贈られる。41[花]はISIS co-missionのアドバイザリーボードメンバーでもある、大澤真幸氏の『資本主義の〈その先〉へ』が選ばれた。【一冊一印】では、選書のど […]
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。